第73話・兄弟船

 漁場についたらミアは漁の手伝いをして、獲った魚から売れないものをルチアがさばいて、甲板で車座になって食事を摂る。

「猫の嬢ちゃん、華奢な割に力があるんだなぁ」

「力仕事は任せてにゃ! うまにゃうまにゃ」

「飯も美味くて最高だぜ! 嬢ちゃんたちに乗ってもらって助かっちまった!」

「ひとり暮らしが長かったからよ。でも、みんなのお口に合ってよかったわ」


 兄弟のように和気あいあいと食事する漁師たち、たくさんの魚に喜ぶミア、料理を褒められ照れ笑いをするルチア。その光景は、何も食えず会話も出来ない幽霊の俺でも、見ているだけで楽しくなれた。

「仲良く食べると美味しいにゃ!」

「本当ね、みんなが家族みたい」

「この船に乗りゃあ、みんな兄弟みたいなもんよ。なぁ新入り、ガァッハッハッハ!」

 屈強な男たちに肩を叩かれ、ゲイスは小さく縮こまって愛想笑いを苦々しく浮かべていた。


 魔女船長が手をかざす舵の真ん中、そこには水晶が埋め込まれており、レーダーや魚群探知機の役目を果たしていた。

 漁船はスクリューでもパドルでもオールでもなく、魔術を推力にして海を走った。日が暮れても月や星を頼りにし、火炎魔法で進路を照らす。

 一面の宵闇に薄ぼんやりとした月明かり、水晶の青白い光と赤紫の火炎魔法がほんのり灯っていた。


 ミアは疲れ切って眠ってしまっていたが、ルチアは魔族と人間が手を取り合う漁船に興味を示して、魔女船長から話を聞いた。

「あの島を拠点にすれば、あたいにも人間と暮らせるんだ。あんただって、島にいてそう思ったんじゃないかい?」

「うん、そうね。でも私は、魔術と薬作りしかないから……私に仕事があるかなぁ」


 魔女船長はしばらく進路を見つめて「出来るさ」と、ルチアに笑いかけた。

 舳先が波を切る音が響く。あとはミアの寝息と、漁師とゲイスのやり取りが聞こえるのみだった。

「おい、新入り。海の生活ってのを教えてやる」

「ちょっと、何するんですか、やめてください」


 ハッとしたルチアが、魔女船長の肩に触れて身を乗り出した。魔女船長は微動だにせず、真っ暗闇の進路から視線を外さなかった。

「ねぇ! 港についたら教会の連中に火あぶりにされない!? 魔女だってバレたりしたら……」

「船から降りなきゃ大丈夫さ、船ってぇのはひとつの国なんだ。そういうあんただって、旅をしているんだろう? あの猫娘と、そこの幽霊と一緒にね」


 見えていたか、まぁ魔女なのだから当然だろう、とルチアの陰からすごすごと現れてみた。よれよれとしたゲイスの声が、俺の気まずさとシンクロしていく。

「ちょっと、どこ触ってるんですか」

「うるせぇ新入り、悪いようにはしねぇよ」


 魔女船長は水晶に目を落とし、この先は遮るものがないと確かめて、舵を魔術に託して俺とルチアと向き合った。

「あんたたち、面白いねぇ。樽の中身、魔女と獣人と幽霊の旅、何であんたが幽霊か、聞きたいことが山ほどあるよ」

「まぁ……成り行きね」

「夜は長いんだ、聞かせておくれよ」


 何から話せばいいのかと大海原に尋ねると、穏やかな波音が『ひとつひとつはじめから話せばいい』と答えてくれた。

「それは取らないで、それを取られたら」

「暴れるな、破れちまっても替えはねぇぞ」


 まずは俺の話かと口を開くよりも先に、ルチアが魔女船長に問いかけた。その必死な様子に俺も魔女船長も口をつぐんだ。

「世界中があの島みたいになったらいいって、そう思わない!? 私もあなたも狩りを恐れず魔女のままでいられるの!」

 魔女船長は一瞬だけ視線を逸らし、哀しく伏せた目でルチアを撫でた。


「あたいたち魔族は瘴気が力になって、聖なる力が生命を蝕む。奴らにとっては瘴気が毒で、聖なる力が生命を授ける。それを面白く思わないのが、魔族にも奴らにもいる。どうしたって相いれないのさ」


 ルチアは拳を固く握って、絶え間ない波に揺れる心を漂わせていた。この想いが沈んでしまわぬようにと、気持ちを静かに鎮めていった。

 そう、ゲイスを鎮める漁師たちのように。

「力を抜け、少しだけ我慢しろ、じきよくなる」

「はぁっ! ぬっ、くっ、くぁっ……ああ……」


 俺は、思い浮かんだその名前を、絞り出すように呟いた。同じことをルチアも考えていたのか、俺をチラリと横目で覗った。

「……ブレイドか。それとギルドに加盟して女神様の庇護のもとにある冒険者たち……」


 魔女船長は唇を噛み締め、固くうなずいた。その胸中は寄せる波に踊らされ、浮き沈みを繰り返している。

 ゲイスもまた拒絶と受容の間に挟まれ、浮いては沈みを繰り返していた。

「はぅっ! あぅっ……はっ、はっ、はっ、はっ、はっ、はっ、はっ、はっ、はっ、はっ、はっ」

「どうだ、だんだん、よくなって、きた、だろう」


 眠るミアをそっと見つめた俺とルチアは目配せをして、真っ直ぐな眼差しで魔女船長の胸を突いた。

「それでも私は、あきらめたくない。死を司る魔族として、死の恐怖を知らしめたい」

「俺も、ルチアやミアが一緒にいられるような世界を広めたい。そのために俺は身体を得て、この世界で生きていたい」


 魔女船長は、夢でも見たような顔をした。そして優しくふわっとした微笑みで、俺とルチアをそっと包み込んだ。

「期待してるよ、MHK総裁の娘、ルチア」

「なぁんだ、知ってたのね……」

「それと、バカみたいなスキルの幽霊、あんたも」

「気づいていたか……」

「あの猫娘だって、大したもんさ。あんたたちには期待してるよ、新しい世界を見せておくれ」


 断続的な波の音、漁師たちとゲイスの熱い吐息がくすぐったくて、俺とルチアはたまらなくなり互いに笑みを交わし合った。

「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」

「新入り、よく頑張った。じゃあ、次は俺の番だ」

「はぁ……? あ、はぅあ!」

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