第34話・薄くて、熱い

 エルフの隠れ里の中央には、巨大な水車が回っていた。滝から流れる豊富な水は、水路を介して至るところに流されている。

 水と緑に溢れている美しい町なのに、誰ひとりとして歩いていない。

「みんな自分の趣味にいそしんでいて、滅多に外へは出ないのよ。まぁ、水晶の加工を趣味にしている私は、割りと外に出るほうね」


 そう説明するエルフのいすゞは、たんこぶだらけだ。ド近眼なのに重たいからと眼鏡をかけずに川辺を歩いたものだから、茂みに突っ込み木に激突し、もんどり打って川に落ちた。

 ズタボロながら、涼しい顔をしている。エルフのいすゞは丈夫なのだ。


 エルフのいすゞのガレージ……じゃなかった、家には水車から引き通された動力軸が備わっていた。中に入ると案の定、その軸から伝わる力で動く機械が整然と並んでいる。

 よほど大事なのか、塵除けの布が被せられたものもある。それは人の背丈ほどあり、一番大きく一番目立つ。

「これで水晶を加工するの。これが裁断機、これが研磨機、これが精密加工をするヤスリ」


 魔女のルチアは、水晶を加工したものに興味津々だ。たくさん並んだ工具に俺も「男の子って、こういうの好きでしょう?」と、心を激しく揺さぶられている。ミアは、わけもわからずキョロキョロしていた。


「あの布を被った大っきいのは、何だにゃ?」

「ああ、あれ、まあ、その、あれよ、あれ」

「何か大事なものなんだろう?」

「そうそう、とっても大事なものよ。まぁ、見ても面白いものじゃないから、ね」

 明らかに怪しいが、もし失敗作なら可哀想だし、見られなくないなら触れないでおこう。


「それで、どんなものを作るの?」

 そうルチアが尋ねると、いすゞは見せたい気持ちと、もったいぶりたい悪戯心に揺れて、含み笑いを浮かべていた。

「あたしも見てみたいにゃあ」

 ミアが尻尾をくねらせおねだりしたので、いすゞは小箱を手にして蓋に触れ「ババーン!」とSEをつけて見せびらかした。


「スマホだ!」

 そう叫んだのは、もちろん俺だ。手の平サイズにカットされた薄べったい水晶が、これまた薄い木枠にはめ込まれている。

「レイジィさん、どうして知っているの!? 水晶・魔法・報告器で、スマホって名付けたのよ」

 名前まで同じとは、何たる偶然だろうか。MHKといい呪信料じゅしんりょうといいダンジョン配信といい投げ銭といい、形は違えど生前の世界にそっくりだ。


「ここに転移する前の世界にあったんだ。そっちはスマートフォンって言うんだけど、離れた人と通話が出来て、写真や動画……見たものを保存出来て、あとはゲームと……ゲームと……ゲームが出来る」

 しまった、スマホでゲームしかしていなかったのが露呈した。もっとちゃんと使いこなすんだった。


「見たものなら、これも保存出来るわよ? 神託をいつだって見たいじゃない?」

 いすゞは裸眼を細めるとスマホの画面をススッと操作し、俺たちに神託を見せつけた。


『おぉほぅれぇへぃはジャィアンアンアンアンアン……レイジィ、ィ、ィ、ィ、ィ、何をさせるんですか、か、か、か、か……』


 何でこれなんだよ、これのどこが神託なんだよ。


「このレイジィって、あなたよね? 女神様に振り回されて、大変ねぇ。で、このときは身体が欲しいってせがんだのよね?」

 俺は、うぐっと言葉に詰まった。くれくれ欲しいで、ルチアに叱られたのを思い出したからだ。

「全部見ていたのか……。子供を宿らせて、そこに俺が入ろうとしたんだ」


 いすゞは嫌な顔ひとつ見せず、うんうんと頷いている。そして困り顔になり、申し訳なさそうにため息をついた。

「私も半神半人として力になりたいけど、長命種のエルフはこうして家に籠もっているから、子を宿すことは滅多にないの。私も結婚する気はないし」

「そんな、いいって。ルチアやミアの力は借りるけど、俺は自分の身体を自分で探すって決めたんだ」


 いすゞが「そう」と納得すると、来客だろうか、別のエルフが玄関扉をちょっとだけ開け、こちらの様子をじとっと覗っていた。裸眼のいすゞは玄関を睨むと、その人影にパッと顔を明るくした。

「あら? ヒノ殿ではございませぬか! こちらにおわす方々は、拙者の恩人にござる」


 何故かいすゞは侍言葉になっていた。ヒノと呼ばれたエルフは恐る恐る中へと入り、おどおどした目と首はそのままにして、ペコペコと俺たちに挨拶をした。


「これはもしや、新たなる本が出来たでござるな? デュフデュフデュフ」

「左様にござる。いすゞ殿にいの一番に届けねばと持参したにそうろう。フンスフンス」


 その本とやらは、やたらめったら薄っぺたいアレック✕レスリーの漫画であった。見目麗しいヒノといすゞは、イケメンがマッチョを責める薄い本を仲睦まじく、怪しげな笑みをたたえて読んでいる。

「ヒノ殿は神絵師にござる、デュフデュフデュフ」

「いすゞ殿のスマホあっての拙作にござる、フンスフンス」

「ダンジョンのアレ✕スリを視聴するでござる」

「見るでござる、見るでござる、フンスフンス」

 鼻息荒いふたりのエルフは顔を寄せ合い、スマホの画面を凝視してグフフヌフフとニヤついていた。


『レスリー、心配させるなよ。お前だけの身体じゃないんだぜ』

『アレック、すまない。お前というものがありながら』

『これは、お仕置きが必要だな。覚悟しろよ』

『やれやれ、今夜も眠れないのか』


「尊い! 尊いでござる! デュフデュフデュフ」

「尊死する! 尊死でござる! フンスフンス」

 何だろう、置いてけぼりになりながら交わりたくない、この気分は。とりあえずアレックとレスリーが一大センセーションを巻き起こしていることだけはわかる。


 悦に浸るふたりを眺めて、しびれを切らしたのはミアだった。退屈そうにそわそわし、ふわっと立ち上がってふらふらし、はじめて目にする工具や加工品の数々を触りはじめた。

「ミア、刃物があるから触っちゃダメだぞ」

「ミア、レイジィが触っちゃダメだって」


 ルチアが伝えた俺の台詞に、いすゞがハッと真顔になった。ちょろちょろしているミアの様子は裸眼でもよくわかるらしく、いすゞから血の気が引いていく。

「ちょっとあなた、何をしているの!?」

「あたしに合う眼鏡がないかにゃあ〜って。眼鏡があれば、レイジィが見えるにゃあ」

「そんなところにはないわよ! 私が探してあげるから!」


 慌てて立ち上がったいすゞだったが、霞む視界に足元がまるでおぼつかない。ふらふらとミアに歩み寄るうちいすゞは突然けつまずき、秘匿の品の布を掴んで、話を逸らして死守した中身を露わにした。

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