第35話・見せられないよ

 部屋で一番目立っていたいすゞの秘密が、白日の下に晒された。

 それを目にした俺とルチアは引きつって、ミアの目は点になり、いすゞは絶望と希望と欲望の狭間に揺れて、ヒノはフンスフンスと興奮していた。


 隠していたのは、水晶を削って作られた、等身大のアレックとレスリーがねっとりと絡み合っている彫像だった。

 センセーションというか、センシティブだ。


「いすゞ殿、このようなものを作られていたとは。フンスフンス」

「あ、や、これは、違う、違くない」

 俺たちには軽蔑しないでと哀願し、ヒノには自信作だと誇らしく、いすゞは交互に忙しなく目を向けていた。


 ほれぼれとするヒノは、それのあちこちをいじりだした。

「ほうほう、球体関節になっておる。あらゆる姿勢にさせ放題ではあるまいか、フンスフンス」

「ヒノ殿、その手の位置はいかんでござる、いかんでござるぞ、デュフデュフデュフ」

 いかんいかんと言いながら、いすゞはまるで止めようとしない。むしろ楽しんでいるように見える。


 水晶で出来た等身大の球体関節人形フィギュアを弄んでいる麗しいエルフふたりに、俺とルチアは入る隙を見つけられず、遠巻きに眺めるのみである。

 これに割って入るのは、すぐそばでポカンと見ているミアだった。


「これにレイジィの幽霊が入ったら、復活出来るのかにゃあ」

「幽霊が入る? 猫様、魔族が使う憑依の術にござろうか?」

「それはダメよ! このアレック様とレスリー様は絶対に譲れないわ!」


 うん、俺も出来ればお断りしたい。人型とはいえ無色透明の水晶が、あっちこっちを闊歩したら騒ぎになるのは目に見えている。

 それ以前に、目的のためならば手段も種族も選ばないエルフふたりに

「ああしろこうしろ、フンスフンス、デュフデュフデュフ」

と様々なポーズを要求されて、人として大切なものを失う未来しか見えない。


「猫様、その幽霊とはどこにおられる。一刻も早く憑依させ、あんなことやこんなことをして頂きたく御座候」

「ヒノ殿、それは名案なり。レイジィ殿よ、どこにおられる。眼鏡眼鏡眼鏡眼鏡……」


 ……ほら、やっぱり。

 ふたりの欲望とは異なるものの、同じく俺の復活を望むミアは、ルチアに俺の居場所を尋ねてきた。

「ルチアさん、レイジィさんを復活させるにゃあ。レイジィさんは、どこかにゃあ?」

 硬直していたルチアは、首だけを横に振った。

「水晶で遊ぶのは、魔女として認めたくないわ」

 ルチアが真面目な魔女であるお陰で、俺は命拾いをした気分だ、まだ死んだままでいられる。


「それだけ手先が器用なら、水晶以外で彫像を作れないのか? 出来ればアレック✕レスリー以外で」

 俺の言葉をルチアが伝えると、床を這って眼鏡を探すいすゞが顔を上げた。

「拙者は水晶を専門にしておるでござる……。あ、ヒノじゃないのね? 私は水晶に魅せられたから、ほかの材料は扱ったことがないのよ。硬さや性質が違うから、上手くいくか……」


 いすゞは霞む視界で並ぶ工具を眺めていた。材質が変われば、扱う工具も変わってくる。水晶に特化したいすゞにとって、違う素材を加工するのは容易ではないのだろう。


「ほかの材料を使っているエルフさんは、いないのかにゃ?」

「立体を作るのは、いすゞ殿のみにござる。あとは拙者のような絵描きと文筆ばかり。近々、各々おのおの作品を募りて祭りを開くに御座候。もし興味があれば、お主らもアレ✕スリ祭りに加わり、薄い本を買ってクレメンス。フンスフンス」


 要するに、アレックとレスリーに特化した同人誌即売会をするらしい。ヒノが描いた漫画も、いすゞが作った彫像も、そのために用意したのだろう。

「私、お金ない」

「あたしも、お金ないにゃ」

「俺は金もなければ、身体もない」

 そうていよく断って、事なきを得た。同好の士ではないのかと、ヒノは残念そうにしていたが、貴重な情報をもたらしてくれた。


「この本を作るべく、手の平ほどの球体関節人形をホビットに依頼したでござるよ。顔はのっぺらぼうであるが、あらゆるポーズを描くのに役立ったので御座候。それは木で出来ておるから、お主らの役に立つやも知れぬ。フンスフンス」


 ホビットって、何か聞いたことがあるな。でも、どんなキャラクターだったろうか?

 そんな疑問を解消したのも、ミアだった。

「ホビットさん、冒険の旅で会ったにゃあ! 煙草をふかしていたパイプ、自分で作ったって自慢してたにゃあ!」

「魔族にも、ホビットが作ったパイプが欲しいっていうのがいたわ。よくわからないけど、出来がいいらしいのよね」


 そんなに手先が器用なら、自ずと期待が高まってしまう。木製でもいい、自分専用の身体が欲しい。

 でも、待てよ? パイプとか絵を描くための人形とか、小さいものばっかりだ。身体を作ってもらえても、小さく出来るんじゃないだろうか。

 まぁ、もしそうなったらルチアかミアのポケットにでも入れてもらおう。これぞポケットにいる者、ポケモ──。


「拙者も、アレ✕スリ等身大人形を手元に置きたくなったでござるよ。いすゞ殿の手による水晶人形も素晴らしいが、彩色するには木製がよかろう。ルチア殿、猫様、ともにホビットの村へと参らぬか? フンスフンス」


 渡りに船とは、このことだ。人間と同じ大きさで作ってくれそうで、アレックとレスリーならばヒノの手に渡るから、俺は違ったモデルになる。

 いや、イケメンのアレックとマッチョなレスリーが嫌ではないが、時流を考えれば彼女たちの期待に応えなければならない。それは……遠慮したい。


「うぬぬ、そうと決まれば、居ても立っても居られない。ルチア殿、猫様、レイジィ殿、いざ参らん。邪魔したな、いすゞ殿。フンスフンス」

「眼鏡眼鏡眼鏡眼鏡眼鏡……」

 いすゞの部屋をあとにする、その直前。ミアが机に置かれた眼鏡に気づき、いすゞに「はいにゃ」と手渡した。

「ありがとう、デュフデュフデュフデュフデュフ」

 いすゞは自作のアレ✕スリ球体関節人形フィギュアを眺め、幸せそうな微笑みをたたえていた。

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