第36話・神、降臨
ホビットが暮らす集落は、川辺を下っていった先にあるという。そこを目指してヒノが俺たちを牽引し、ミアが川で魚を獲り、それをルチアが炎系魔法でこんがりと焼いて、俺を除いたみんなが食う。
「よき焼き加減なり、相当な手練れにござるな」
「そう? 魔法を料理に使うなんて、はじめてよ」
「うまにゃうまにゃうまにゃうまにゃうまにゃ」
美味そう、いいなぁ、俺も食いたい。
幽霊だから食えないし、そもそも腹が減らない。しかし、食う楽しみが失われているのが、つらい。
ホビットには木製の身体を依頼するつもりだが、食事を楽しめないのは同じだ。
結局、肉体を得るまでの仮の身体になるだろう。
それでも、ようやく自分の望みに近い身体を手に入れられる。どんな見た目になるのか、希望を伝えられたらいいな。
ブレイドみたいなテンプレ勇者か、アレックみたいなクールイケメンか、何にせよカッコイイ身体にチートスキル、最高じゃないか。地味で目立たない生前の俺とは、さよならだ。
「みんな、食べ終わったな? さあ、行こう」
と、先を急ごうとする俺をヒノが止めた。
「待たれい、ホビットは魔族を嫌っておる」
と、ヒノはルチアを制した。早く言え。
「それじゃあ、私は集落に入れないのね」
と、ルチアは納得したようだったが
「そんなの、着替えたらいいにゃあ!」
と、ミアはルチアを木立の影に連れて行った。
【ルチアは可愛いドレスを装備した】
「やっぱり、ルチアさんに似合うにゃあ!」
ミアのテンションが上昇した。
「見違えたぞ。フンスフンスフンスフンス」
ヒノの創作意欲が上昇した。
「やめてってば……そんなに見ないでよ……」
ルチアの脈拍が上昇した。
ルチアの血圧が上昇した。
ルチアの羞恥心が上昇した。
ルチアの行動力が低下した。
俺とミアとヒノは【状態】魅了に陥った。
魔女であるのはバレないだろうが、これはこれで思いやられる。そんな高鳴りと不安を抱えつつ、夕暮れどきにホビットの集落へと辿り着いた。
そしてすぐさま、期待は裏切られてしまった。
「人間の等身大の人形だぁ? そんなデカいもの、おいそれと作れるわけがねぇだろう」
小柄で小太り、尖り耳のホビットは自慢の長い髭を撫でながら、ヒノの依頼を一蹴した。
「そこを何とか……拙者が描いた本を進呈致す
ヒノが差し出した薄い本を、ホビットはそこらへポイッと投げた。
行きすがらに聞いた話では、彼は集落で一番の腕を持つ。小柄なホビットには大きいものは難しいとわかった上で、腕を見込んで頼みに来たのだ。
だから、彼から断られたら望みはないに等しい。
ホビットはパイプをくわえて、詰めたタバコに火をつけて、しかめっ面で紫煙と苦言吐き出した。
「俺様はな、魂を揺さぶられたものしか作らねぇ。このふたりから、それが感じられねぇんだ」
「そんな……全身全霊を込めたのだ、どうか一度でいいから読んでくだされ」
「俺様が全身全霊を込められねぇんだ」
このやり取りを後ろで聞いて、俺の身体も作ってくれないのかと、あきらめかけたそのときだ。
ホビットの視線が、俺たちに向いた。
「あんたがたは、何しに来た?」
チャンス到来か!? ひとりだったら作ってくれるかも知れない。この際、モデルは何でもいい。魂が揺さぶられた等身大人形を作ってくれ、俺はあんたの魂を信じる。
「最強なのに、はじめから死んでる幽霊のレイジィが、この辺にいるんだにゃ。レイジィが復活出来る身体を作ってもらいに来たんだにゃ」
ミアがそう説明すると、ホビットの眉がピクリと跳ねた。そりゃあ、そうだ。こんな話、素直なミアでも初見なら信じてくれない。
援護してくれ、頼む! と、ルチアを突っつく。
「異世界で事故に遭って死んだのを女神……様、が不憫に思って転生させるはずが、身体を忘れたの。お願い、信じて」
懇願の眼差しに貫かれ、ホビットはクワッと目を見開いた。
「……降りてきた……作るぞ!」
職人魂に火が点いて、人が変わったように家の奥へと檄を飛ばした。
「母さん、今夜は徹夜だ! この客人に食事と寝床を用意してくれ! ひと晩で仕上げてくれるわ! うおおおお魂が揺さぶられる、礼はいらぬ、俺様が作りたい人形を作るんだ!」
俺たちは歓喜に湧いた。ホビットを説得したミアとルチア、導いてくれたヒノには、何とお礼を言えばいいのか。
「みんなありがとう、本当にありがとう。ようやく俺だけの身体を手に入れられるよ」
「よかったわね、レイジィ。ひと安心ね」
「復活したら、たくさんお話するにゃ!」
「明日が楽しみでござる、フンスフンス」
みんなが髭もじゃ小柄な奥さんの手料理を食べ、ひと息ついて寝床についても、職人ホビットは工房にこもってノミを振るう。カツーン、カツーンと木を彫る音が鳴りやまず、神がかった情熱が伝わってくる。
俺の身体は、どんな形になるんだろう。
食事は摂れず、女子寝室にはもちろん入れず、暇を持て余した俺は、閉ざされている工房の扉をすり抜けた。
「誰だ! 気が散る!」
ホビットがノミを投げ、俺の脳天を通過した。
ダメか、明日になるのを待とう……と、俺はすごすごと引き上げた。
そして、迎えた翌朝。
朝ごはんが済んだところに、ホビット親父が扉をドバンと開け放った。その姿は満身創痍、性も根も尽き果てたというのが相応しい。
「出来た……見ろ、これが俺様に降りた神様だ!!」
はち切れんばかりの期待を胸に、その場の全員が立ち上がる。ホビットの魂がこもった等身大人形をひと目見て、俺たち全員が凍りついた。
それはどこからどう見ても、ルチアの
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