第37話・俺の身体がこんなに可愛いわけがない
ルチアは激怒した。必ず、この
「何で私なのよ!? 見ないでよ! 見ないでえええええ!」
ルチアは顔を真っ赤にし、自身の等身大人形の前に立ち、腕をバタバタさせて必死に隠した。
怒るのも無理はない。
何が悪いって、下着姿だったのだ。
「あらやだ、私の下着じゃないの。もう、お父さんったら」
「せめて服を着せてえええええ!!」
今にも泣きそうなほど羞恥に悶えているルチアを、ホビットの奥さんが「まぁまぁ」となだめた。
「お嬢さん、服なら私が作ってあげるから。でも、本当に生き写しみたいねぇ」
奥さんが手放しに褒めちぎると、親父は満足そうに作り方を説明した。
「そうだろうそうだろう。いつか使うと心に決めた世界樹の樹液を、骨格を入れた木型に流し込んで、色をつけた。肉体のような質感と弾力は、世界樹の賜物だ」
そこまで言うと、親父は忸怩たる思いに渋い顔をして、深いため息をついて
「しかし、裁縫は門外漢なんだ。何も着せねぇわけにはいかねぇから、母さんのを借りたんだ。ところで見えねえ部分は想像だが、合っているかい?」
ミアは人形の下着をこっそりめくって覗き込み、ぷにぷにと触って大きな吊り目を丸くした。
「そっくりだにゃ! ここを触った感じとか、ここの色合いとか」
ミアの率直な感想に、再びルチアは激怒した。
「あんた、私に何したの!?」
「何もしてねぇ! ずっと工房にこもっていたぞ! これは世界樹の賜物だって言っているだろ!」
否定しながらも狼狽えている。製作の終盤、彩色の頃には全員が寝静まっていたはずだから、真相は誰にもわからない。
奥さんは微笑みをたたえると、地響きが鳴るほどの怒りを煮えたぎらせた。
「お父さん? そうなの?」
「誤解だ誤解! ひと晩でこれを仕上げたんだぞ!? そんなことする暇なんて、どこにもねぇよ!」
まぁ、言われてみればそうだ、とみんな一応納得したものの、ルチアは殺意を持って睨んだままだ。
「さぁ、レイジィとやら。俺様が全身全霊をかけた人形に入ってくれ」
ホビットの親父にそう言われたが、ルチアが俺をキッと睨むから、入りたくても入れない。
そもそも偽物とはいえ、ルチアの身体に憑依するなど想定外だし、勧められても躊躇われる。
だって、俺が美少女になるんだぞ!? 新しい扉が開いたら、どうしてくれる!?
「お願いレイジィ、私の中に入らないでぇ……」
ルチアが涙目でする懇願に俺はドギマギしてしまい、ただただ頷くばかり。するとホビットの親父が落胆し、深いため息をついてこぼした。
「引き取ってもらえねぇのか、しょうがねぇ……。俺様が使うか」
それを聞いて俺もルチアも奥さんも、ヒノさえも小さな悲鳴を上げてドン引きした。
「使うって、どう使うんだにゃ?」
と、わからないのはミアだけだ。
「「「「知らなくていい!」」」フンスフンス」
引いてる俺たち四人で力を合わせ、ミアの純潔を守り抜いた。必ず、この変態親父を何とかしなければならぬと決意して、ルチアと奥さんが親父に詰め寄った。
「あなた、使うって、どういう意味?」
「私をどうするつもりなの……?」
親父には肖像権がわからぬ。親父は、創作の神に忠実な職人である。畑を耕し魚を釣り木を彫って、妻と仲睦まじく暮して来た。
「使う……いや……その……色々あるだろ、な?」
「若い女がいいって言うのね!? 色ボケジジイ!!」
「死ね死ね死ね死ね! このエロエロ親父!!」
けれども女心に対しては、人一倍に鈍感であった。
親父は奥さんから数え切れないビンタを食らい、ルチアの拳を視界にとらえて、その場でのびた。
無許可でそっくりなドールを作って、受け取りを拒否したら自分が使うと
しかしこれは、まさしく生き地獄だと言えよう。目が覚めてまた、目にする地獄を想像すれば、戦慄せずにはいられない。
でもやっぱり、悪いのはホビット親父だ。
硬直している俺に、ルチアが必死に迫ってきた。
「お願い、レイジィ。私の中に入って……。こんな変態親父に弄ばれるくらいなら、レイジィに入って欲しい。私、レイジィに入って欲しいの」
「わかった、わかったから、頼むから言葉を選んでくれ、女神様じゃあるまいに」
ルチアの望みどおり、俺は人形に憑依した。
視界が開け、ぼんやりとした輪郭が次第に露わになっていく。作り物の瞳がはじめてとらえたのは、叶った願いに歓喜するミア、奇跡のような出来事に感嘆するヒノと奥さん、胸いっぱいの不安とわずかな安堵を潤んだ瞳に映すルチア、そして未だのびている親父だった。
「あ……あ……」
声が出る! 樹液を固めた身体なのに! しかもルチアの声じゃないか!
みんなで驚嘆していると、それに気づいた親父がムクッと起き上がった。
「世界樹は樹液さえも呼吸をしている。草笛の要領で音が鳴るようにしてみたが、声が出るとは思わなかったぜ」
このホビット親父は、本当に凄い職人だ! 変態であることを除いては。いや、変態が為せる技かも知れない。
「ありがとう、本当にありがとう。やっと俺の身体が手に入った、何とお礼を言えばいいのか」
「へへっ。いい仕事をさせてもらえた、俺様が礼を言いたいくらいだ。身体を好きに動かしてくんな」
手足を動かし声を色々出してみて、目玉をキョロキョロさせてみる。凄い、本当に生きているみたいだ。
身体のあちこちに触れてみて、すべすべぷにぷにとした生身の感触に感動を──
「レイジィ! 変なところ触らないでよね!?」
「そんなところ触ってないだろ!?」
「今の手つきは絶対に触ろうとした! 変なことをしないよう、ずっと見張ってやるんだから!」
ルチアは絶叫した。必ず、俺にいやらしいことをさせまいと決意した。
俺が手に入れた新しい身体は、どうやら俺だけのものではないらしい。本当の俺だけの身体は、いつになったら手に入るのか。
「お願いだから、服を着てえええええ!」
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