第33話・近視クリスタル
「あなたたち……誰なの?」
エルフの険しい表情にミアは恐れ
「私、魔女のルチア。こっちが獣人のミア」
幽霊である俺は紹介しない、だから宜しくお願いしますも言わないでいると、睨み合いが続いた末にエルフは分厚い眼鏡をかけた。
「もうひとりは、誰?」
俺が見えている! あの美人を台無しにしている牛乳瓶の底みたいな眼鏡の効果か!?
「俺はユーキ・レイジィ。自分の身体を探している冒険者だ」
エルフは首を突き出して、長い耳に小さな水晶玉を突っ込んだ。ひょっとして、補聴器みたいなものだろうかと、もう一度名前を伝えてみる。
「俺はユーキ・レイジィ。身体を探しに旅に出た」
身体? と呟いて、ひそめた眉が歪んでいった。
やった! 伝わった! 水晶すげぇ!
「異世界転生するはずが、女神様が身体を忘れて俺ははじめから幽霊なんだ」
「ああ〜、あの女神ね、はいはい」
エルフは呆れて女神様を嘲笑った。伝わっていて嬉しいが、ろくでもない話というのが残念だ。
「ねぇねぇエルフさん、レイジィとお話しているのかにゃあ? あたしもお話したいにゃあ、その眼鏡を貸して欲しいにゃあ〜」
駄々をこねるミアに、エルフは快く眼鏡を貸してくれた。わぁいわぁいと喜んで重たい眼鏡をかけたミアは、息つく間もなくぶっ倒れた。
「合わなかったのね? 私、ド近眼なのよ」
眼鏡を外してもなお、ミアは目を回してクラクラしている。エルフは睨んでいたのではなく、視界がボケて見えなかっただけのようだ。
「それじゃあ、お耳のを貸して欲しいにゃあ」
長耳から抜き取った水晶玉は、ミアの大きな猫耳には小さすぎた。留まることなくコロンと落ちて、ミアは頭をぶんぶんと振った。
「取れなくなっちゃうにゃあああ」
「ミア! 下向いて! 下!」
「ヘドバンヘドバン!」
「何も聞こえないにゃあああ」
耳の穴が塞がって、俺の声もルチアの声も聞こえない。これでは、まったくの逆効果だ。何とか水晶を取り出して、三人揃って深いため息をついてからルチアがエルフに問いかけた。
「半神半人のエルフが、魔族のミミックを手懐けるなんて、ちょっと意外ね」
その声色には、魔女に何もしないのかという警戒が込められていた。しかしエルフは眼鏡の奥で瞳を輝かせ、ルチアの両手をガッチリ掴んだ。
「そうなのよ! この水晶を守る番犬が欲しかったのよ! でも犬ってエサとかお風呂とか散歩とか、手間がかかるでしょう? 一刻一秒も趣味に費やしたいから困っていたの。でもミミックだったらエサはいらないし、お風呂に入れなくてもいいし、散歩なんて勝手にするからいいじゃない? 凶暴だから手懐けるのは苦労したけど、後ろから抱えれば噛まれることはないってわかったの! 毎日ここに来るうちに可愛くなってきたし、もうすっかり仲良しなのよ。こんなに可愛いペットがいて、魔族がうらやましいわ。だから、あなたが魔女だろうと私は一向に構わないの」
と、エルフはまくし立てていた。あまりに早口なものだから、俺たちは圧倒されてしまった。
敵ではないと安堵して、ルチアが鉱脈をしげしげと眺め、興奮冷めやらぬエルフに尋ねる。
「それにしても、ずいぶん純度の高い水晶ね。一級品も凌駕するわ。それがこんな量なんて──」
「そうなのよ! 水よりも空気よりも透明で不純物は一切なくって、これだけ大きいのに加工しやすいの! 眼鏡も耳に入れるのも、この水晶で作ったのよ! 普通の眼鏡として作ったのに、幽霊が見えるなんて大発見だわ! 何だか変な気配がするから、ダメ元でやってみたのよ、水晶マジ半端ない。でも目が悪すぎて、どうしてもこの厚みになっちゃうのよ。重いし肩が凝るしで、普段はかけていないの。もっと薄型に出来ればいいんだけど、まだ私の技量が足りないから、これが限界。薄いのも試作したんだけど、度が合わないのよねぇ」
と、一気にまくし立てていた。俺たちは返す言葉もなく、ただただ立ち尽くしてしまっている。
で、エルフの話はまだ続く。
「耳に入れるのも偶然発見したのよ、これがあると普通は聞こえない音が聞こえるの。遥か遠くにいる小鳥のさえずりとか、近づいてくる足音とか、でも幽霊の声が聞こえるのは大発見よ。マジ半端ない、水晶マジ半端ない、水晶・イズ・ゴッド」
と、高速でまくし立てていた。俺には、気づいたことがある。相手のこと考えない早口、眼鏡の奥の焦点の定まらない血走った目、このエルフは紛れもなくマニアだ、水晶ヲタクだ。
「あなたたちのお陰で水晶の可能性が広がったわ。お礼なんて大したことは出来ないけれど、家に招待させてくれない?」
旅は道連れ世は情け、とは言うがルチアは苦い顔をして二の足を踏んでいた。
「魔女の私がエルフの家に?」
「いいのいいの! どうせみんな家から出やしないんだから、バレないって!」
「みんな……? ていうことは……」
「エルフの隠れ里よ。この滝からはじまる川沿いを下っていくの」
何てことだと狼狽えながら、意気揚々と洞窟から出るエルフのあとについていく。
「私の名前がまだだったわね。私は、いすゞ。遠き東の国より来たの、とってもいいところよ? 旅をしているなら、行ってみるといいわ。ああ、眼鏡? 重たいから普段はかけていない──」
エルフのいすゞは真っ逆さまに滝壺へと落ちた。ド近眼というのは、本当らしい。
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