第32話・ミミック・パニック

 滝の裏に隠された洞窟に差し込む朝日は、すぐに潰えた。ルチアが指先に炎系魔法を灯して、行く先を照らし出す。

「手掘りのトンネルみたいだな、ノミの跡がついている。このパターンだと、誰かが財宝を隠している可能性があるな」

「財宝? 金貨とか宝石とか?」

「お宝があるのかにゃ!?」


 ルチアは関心なさそうだが、ミアは色めきだっている。RPGの冒険者は宝物をあさったり、民家の壺を叩き割ったり、盗賊まがいのことをしているが、ブレイドたちも同じことをしているのか。

「ミア、誰のものかわからないんだから、盗んだりしたらいけないぞ。っと、ミアに伝えてくれ」

「盗んだらダメだって」


 ミアはつまらなそうに「わかったにゃ」と返事をした。ブレイドたちとの冒険で、やってきたことが伺い知れる。

 RPGだと盗賊だって仲間にすることがあるからな、見つけたものが手に入れていい、そういう世界観なのだろう。

 それにして、遊び人って何なんだ。パリピが戦闘の役に立つのか。「ウェーイ!」ってノリで魔族を揺動させるというのだろうか。


「ルチアは興味なさそうだな、なくていいけど」

「時々コレクションする子がいるけど、私たち魔族には使い道がないもの。だって、お金って人間社会のものでしょう?」

「それじゃあ魔族は、何だったら欲しいんだ?」

 そこまで話すと、宝箱がぽつねんと置いていた。さっきまでの話をすっかり忘れて「お宝だにゃ!」とミアが嬉しそうに駆け寄った。


 ガブガブガブガブガブガブガブガブガブガブ!!

「にゃあああああ! 助けてにゃあああああ!」


 ミミックだった。ミアの足をルチアが掴んで引き出した。食らったダメージとミミックのよだれで、ミアは苦虫を噛み潰したような顔をしている。

「ううっ……。ひどい目に遭ったにゃあああ……」

「トラップは、こういう洞窟の定石じょうせきだったな」

「まったく……気をつけなさいよね」


 洞窟を先に進む。暗くじめじめした空間だから、話をしないと間が持たない。

「何が欲しいって、それぞれじゃない? MHKは魂が欲しいし、私は薬の原料が欲しい。人間だって同じじゃない?」

「まぁ、確かにそうだな。俺は自分の身体が欲しいし、ミアは魚が欲しい」

 そのとき、暗がりに魚がビチビチと跳ねた。

「おさかにゃぁ〜!」


 ガブガブガブガブガブガブガブガブガブガブ!!


 ミミックが見せた幻影だった。

「にゃあああああ! 助けてにゃあああああ!」

 さっきと同じようにして、よだれまみれのミアをルチアが引き抜く。

「ミミちゃん、魅了の効果を使えるのよね」

「また、ひどい目に遭ったにゃあああ」

 するとルチアは仕方なさそうに、そばに転がっていた骨をミミックに投げた。

「もう、これでもかじっていなさい」


 ヘッヘッヘッハゥハゥハゥガウガウアフアフ。


「何か、犬みたいだな。骨を食う犬は見たことないけど」

「あれ、何の骨かにゃあ」

「さぁ? あの子にやられた冒険者じゃない?」

 げっ! だとしたら人の骨かよ。ヤバいところに踏み入れちまった。

 まぁ、俺は幽霊だから関係ないか。ミアの守りに徹しよう。


「でも、これだけミミックがいるとなると、本物の宝箱がありそうだな」

「魔族の誰かのコレクションかしら?」

「お宝、見てみたいにゃあ〜」

 ミアの瞳は宝の山より輝いていた。盗んじゃダメと言いながら、俺も金銀財宝をひと目見たいと期待が高まっている。冷ややかなのは、ルチアだけだ。


 そして、洞窟の突き当たり。ところ狭しと並んでいる宝箱を守護するように、冒険者の骸骨が永遠の眠りについていた。

「宝の山にとらわれたまま、死んだのね。ミアも欲をかくと、こうなっちゃうわよ?」

「うう……こんな死にかた、嫌だにゃあ……」

 ミアは今までの行動を反省しているようだ。


 財宝には興味を示さないルチアだったが、それに埋もれるむくろをまじまじと見つめはじめた。

 俺は、嫌な予感しかしなかった。そしてその予想は、不幸にも的中してしまうのだ。


「レイジィ! 死体よ!? 死体!」

「いや……骨だけじゃん」

「憑依して、復活すればいいじゃない? この洞窟に幽霊はいないから、この死体は誰のものでもないわよ?」

 ルチアは遠慮する俺をむんずと掴んで、骸骨めがけてぶん投げた。俺は見事に憑依出来たが、骨だけの状態から果たして復活出来るのだろうか。


 リバース! リバース! リバ─────ス!!


 ダメだ、声帯がないから詠唱出来ない。髑髏の顎をカタカタ鳴らしてミアを怖がらせているだけだ。

 そうなりゃ、アイテムからエリクサーを取り出して、ミアかルチアに食わせてもらうしかない。俺はその場で立ち上がり、天に向かって手を伸ばす。


 ガブガブガブガブガブガブガブガブガブガブ!!

 ハゥハゥハゥハゥハゥハゥハゥハゥハゥハゥ!!

 アグアグアグアグアグアグアグアグアグアグ!!

 ガウガウガウガウガウガウガウガウガウガウ!!

 アフアフアフアフアフアフアフアフアフアフ!!


 俺は無数のミミックに食い尽くされて、バラバラになって生き返らずに死んだ。

「俺までひどい目に遭っちまった……」

「ミミックの巣だったのかにゃあ」

「……いいえ、ここは宝の山よ」


 ルチアが炎で照らしたのは、骨を食らうミミックの背後にそびえ立つ水晶の鉱脈だった。滝の裏側の奥深くに、凍てつき澄み切った滝がある、息を呑む光景だった。

 それを祝福するように星明かりが眼前を踊ると、ミアがハッとして振り返る。その視線の先を追ってみると、銀髪の耳長美女が俺たち三人を睨みつけていた。

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