第92話・愛が止まらない
地を震わせる足音の主は、ダチョウだった。さっきの騎馬隊のように、横一線になって砂漠を走る。つまり跨っていたのは冒険者ではなく……。
「いすゞ! エルフだ!」
俺たちが隠れる家の前を通過して、まっしぐらに大屋根へと向かう。冒険者たちには目もくれず、机を並べて紙を積み上げ、痴……知の精霊を召喚すると、アレ✕スリ本を目にも止まらぬ速さで描き写しはじめた。
すると船から降りた軍勢のうち、女性陣がアレ✕スリ本に群がりだして、高まっていた戦闘ムードがまたたく間に崩壊した。
「見て! あのときのアレ✕スリよ!」
「これなんか後日譚よ!? まぁ……大変……」
「いけないわ! 聖職者として精査しなければ!」
「ぐふっ、ぐふっ、ぐふぐふぐふぐふ」
戦力が大きく削がれ、男性陣は狼狽えた。そしてそこからじわじわと、アレ✕スリ本に興味を示す男たちが現れた。
「な、何だこの本は、けしからん」チラッチラッ。
「熟読し、問題点を洗い出さなければ」ガシッ。
「くっ! 最後の一冊……一緒に読むか」ハシッ。
「ぬふっ、ぬふっ、ぬふぬふぬふぬふ」チャリン。
そのようにして、アレ✕スリに追随する男たちがそこかしこに現れた。女性陣は虚構と現実のダブルパンチに胸を高鳴らせ、ドキドキわくわくハァハァしている。
「コンマース、お前もアレ✕スリが好きなのか」
「違うぞ、ブリスカ。俺が本当に好きなのは……」
「コンマース……ひょっとして……俺を……?」
「自分に嘘をつくのは、もうやめる。ブリスカ、俺はお前を愛してる。……すまない、ハンビー」
「いいのよ!? コンマース、ブリスカ、互いに愛し合って、ドゥフ、ドゥフ、ドゥフドゥフドゥフ」
これと同様の事態が各パーティーで発生し、戦闘能力は完全に失われた。可哀相なのは、四人編成のパーティーで男ふたりがいちゃいちゃし、女ひとりがハァハァし、爪弾きにされた男ひとりだ。いっそ同じ境遇の男と結ばれようか、と苦悩しているのが垣間見える。
「何だか、身体が火照っちまったぜ」
「このあたりは、みんな空き家だ。ふたりで借りて休憩しないか?」
「それがいいわ! そうするといいわ! ふたりで休憩しなさい! ハァ───、ハァ───」
これはマズいぞ。休憩という名の運動に意気込む男たちに見つかったら、変……大変なことになってしまう。本来の目的を思い出す上、邪魔された怒りを込めて戦うに違いない。それは何だか強そうだ。
「ルチア、ミア、早く逃げよう」
「え〜? やっつけないの?」
「あたし、戦いたいにゃ」
「愛し合う者同士と、愛し合うのを愛する者だぞ。傷つけたら可哀相じゃないか」
ルチアとミアは空き家から渋々離れ、アレ✕スリ本とリアルに夢中な彼らの目を盗み、港のそばまでこそこそと向かった。乱痴気騒ぎの真っ只中、今が魔女船長の漁船が接岸するチャンス。
どこかにいないか、魔女船長……。
「あぅ、あぅ、あぅ、あぅ、あぅ、あぅ、あぅ」
聞こえてきたのはゲイスの声だ、何をされているのかは触れないでおこう。大屋根を練り歩いている人垣を覗けば、マッチョな漁師たちが血眼になって新作を探している。
「あのー、新刊はないんですか?」
「すみません、新刊はないんですが……このあと、サプライズがあるんです」
するとそのとき、大屋根下を見渡せる一段高い台にエルフのいすゞが乗った。その背後には真っ赤なカーテンが引かれて港の全容を隠してしまった。
ベールに包まれた額縁をヒノが運ぶと、冒険者や漁師たちが水を打ったように静まり返った。
「これよりオークションを開始します。まずはヒノ殿が描いた、等身大のアレ✕スリでござる。フンスフンス」
ヒノがベールを解いた瞬間、我先にと手が上がり絵画の値段が釣り上がる。
よく考えろ、等身大の絵画だぞ。どうやって持ち帰るんだ。そんなものを抱えて戦闘なんて……。
ハッとした俺と視線を重ねたいすゞは、瓶底眼鏡の奥でバチッとウインクを決めた。
「ハンマープライス! そこの女剣士、ありがたき幸せに御座候、フンスフンス。それでは次の作品にござる。タトラ殿が製作された『抱き合い抱き枕』にござる。抱き合うアレ✕スリを眺めるもよし抱くもよし。更に仕掛けが【自主規制】」
勢いよく手を上げた女性陣に覆い被さり、男たちが落札価格を釣り上げる。冒険者たちの注目は出品された作品と、その値段に集まっていた。
「逃げるチャンスを、いすゞが作ってくれたんだ。今のうちに魔女船長の船に乗ろう。みんなには見えないから、俺が探すよ」
「ルチアさんをいじめた仕返しがしたいにゃあ」
「いすゞに悪いわ、ここはレイジィの言うとおりにしましょう。よろしくね、レイジィ」
どうせ姿が見えないんだからと、オークションに熱中する冒険者の頭上を越えて、カーテン裏の港へ向かう。たくさんの帆船は文字どおりに羽を休め、その船員も甲板や部屋でくつろいでいた。
漁船はどこかと探していると、オークション会場から聞こえた会話に、俺は耳を疑った。
「前回イベントじゃあ、本物のアレックとレスリーが来たのになぁ」
「仕方ないさ、今はバハムート・レイラーに挑んでいるんだから」
「ブレイドは東の島のコレモンで鍛えたんだ、魔王だって倒せるだろう」
ブレイドたちが、バハムート・レイラーを倒そうとしている、だと?
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