第71話・ご飯の神様

 お稲荷様は部屋に入ると、さんざん投げたボールをちゃぶ台に置いた。浴衣に着替えたミアとルチアは、厳しい目でお稲荷様を見つめていた。

「ドラオさんじゃなくて、あなたが投げたのね? あれだけ投げればわかるけど」

「そうだよ、稲荷宝珠ほうじゅっていうんだ」

「それが何で、ドラゴンが落としたボールになったのかにゃ?」


 お稲荷様は言いづらそうに視線を逸らし、噛んだ唇をもぐもぐさせて、意を決したようにパッと顔を上げた。

「僕は、この島ただ一柱の神様なんだ。みんな僕を信じてくれて、僕もみんなを幸せにしたくてお祈りしていたんだよ」

 健気で真っすぐで、いい神様じゃないか。お稲荷様に何があったのか、俺たちは耳を傾ける。


「でもドラゴンが来てからは水の神様だからって、そっちを信じるようになっちゃったんだ。僕だってご飯の神様なのに……」

「それで、みんなに忘れられちゃったのかにゃ?」

 口をギュッ結んだお稲荷様は、コクンと深くうなずいた。話すのも思い出すのもつらいのだと、その様子から覗えた。

 俺たちが聞くのを躊躇っていると、お稲荷様の堰が切れて話が続いた。


「何もしないのに、ドラゴンをみんなが信じているんだよ? みんなのお願いを叶えても、ドラゴンにありがとうって、みんなが言うんだ」

「そうね。ドラオさんは、ただのドラゴンだもの」

 確かにそれでは、お稲荷様は浮かばれない。このお稲荷様も可愛いのに、ドラゴンの派手さとカッコよさ、インパクトには敵わないのだ。


「それじゃあ、このボールはドラゴンを封印しようとして投げたのかにゃ?」

「それで、私たちも封印しようとしたわね?」

 ミアとルチアがお稲荷様にズイッと迫る。が、当のお稲荷様はキョトンとし、眉をひそめて首と尻尾をポキッと傾げた。

「封印? 稲荷宝珠で? そんなこと出来るの?」


 嘘だろ!? 自分で出した宝珠なのに、その能力を知らないのかよ。

 俺と同じことを思ったルチアが、お稲荷様の鼻先に迫る。

「神が嘘をつくのね? これだから神って信じられない」


 お稲荷様は吊り目を吊り上げ、ルチアと額を突き合わせた。

「稲荷狐の神様が嘘なんて言うもんか! 知らないったら知らないんだ! 僕は、ドラゴンを追い払いたいだけだったんだ!」

「じゃあ、私たちに投げたのも追い払うため?」

「お稲荷様は、コレモンって知らないのかにゃ? モンスターみたいな人を封印出来るんだにゃ」


 お稲荷様はルチアから顔を離して、大きな吊り目をパチクリさせた。どうやら何も知らないらしい、若干ポンコツ感が漂っている。

「……そうなの? 僕、知らない」

「すっごい流行ってるにゃ。闘技場でコレモン同士を戦わせるにゃ」


 お稲荷様は口元に指をチョンと当て、天井を仰ぎ「闘技場……」ともぐもぐ呟き、ハッと思い立ってちゃぶ台に身を乗り出した。

「それって、鎮守の森に出来たやつかな!?」

「あそこって、森だったの?」

「そうだよ! 僕の祠の真正面に出来たんだ! 祠への参道も、それで断ち切られちゃったんだよ」


 なるほど。町の入口にあった鳥居は、お稲荷様の鳥居で、闘技場に伸びる目抜き通りは参道なんだ。

「あれ、マジモンの鳥居だったのか」

「マジモン? 新しいコレモンのこと?」

「どこにいるにゃ!? コレモンゲットして、ベレル君にあげるにゃ!」


 立ち上がってキョロキョロと辺りを見回しているミアに、お稲荷様が稲荷宝珠を差し出した。

「これ、あげる。参道が塞がってから悪い人たちがいなくなったのは、これが封印したせいなんだね」

 コレモンブームが治安維持に役立っていたとは、さすがお稲荷様の宝珠だと感心させられる。


 ルチアがピンと思い立ち、お稲荷様のほうに身を乗り出した。お稲荷様も、何だろうかとピンと狐耳を立てている。

「ねぇ、狐さん。ボールをドラゴンに投げるんじゃなくて、祠に置いたら? コレモン集めのボールがあれば、みんな集まってくるわよ?」

「うん! そうする! みんなに来て欲しい!」


 これでお稲荷様の問題は一件落着だ。しかしまだ俺たちには問題が残されている。

「旅館、めちゃめちゃにしちゃったなぁ……」

「弁償しないといけない……よね?」

「あたし、お金ないにゃ」


 俺たち3人は涙目で、お稲荷様に縋りついた。

「「「お稲荷様ぁ、直してくれる?」」にゃ?」

 お稲荷様はのけ反って、目を泳がせてから宝珠を出してパカッと開けると、ホカホカご飯がポワ……と湯気を立てていた。

「ご飯粒でくっつくかな」

「……くっつくといいな」

「まんま美味しそうにゃ」

「神様なんだから大丈夫じゃない?」


 不安と心配しかないが、旅館の修理はお稲荷様に任せるとして、もうひとつの問題を解決しなければならなかった。

「そうだルチア、この宿にブレイドたちも泊まっているんだ」

「ブレイドがいるの? また瀕死にすればいい?」

「お宿がご飯粒で直らなくなっちゃうにゃ!」


 ご飯粒で旅館が直るかは、さて置いて。

 これ以上の騒ぎを起こすわけにはいかないと納得をして、俺とルチアはどうすればいいかと考えた。

「あまり使いたい手ではないが……」

 俺がちゃぶ台に視線を落とすと、ルチアは作戦を理解した。

「レイジィ、ブレイドはどこ?」


 気が進まないまま、俺はミアとルチアをブレイドの部屋に案内した。古風な日本風旅館だから、引き戸に鍵などかかっていない。

 音を立てないよう、引き戸をそっと開けて部屋の様子を覗った。


「ハァハァハァ、ミルルたん、ハァハァハァ」


 俺の気持ちが180度変わった。重度のロリコンに配慮はいらない。

「やっちまえ」と囁くと、ルチアは稲荷宝珠を投げ込んで、布団を抱きしめゴロゴロ転がるブレイドを封じた。

 明日には、ブレイドはコレモンとバトルすることになるだろう。

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