第30話・水晶の音─────!
朝、深い森に埋もれるログハウスには不釣り合いな騒音で目を覚ました。
寝室からドスンバタンと響く音で、天井から埃がはらはらと舞っている。どうしたのかと目を凝らすと、つまみ出されたのだろうか、ミアが寝室の前で正座していた。
しばらくすると扉が開いて、ガランとした寝室が露わになって、ルチアがトランクを抱えてリビングに出てきた。
「どうしたんだ? ルチア」
「引っ越すの。あんな近くにMHK支部が出来たんだもの、こんなところにいられないわ」
別のトランクに水晶玉や蒸留装置、完全天然由来成分の毒薬をギッシリ詰め込み、鍵をした。準備は済んだと晴れやかな顔で、俺たちを真っ直ぐに見つめてきた。
「あなたたちは、どうする?」
そんな急に言われても……と、俺もミアも困ってしまった。ミアに至っては頭を抱え、にゃんにゃんにゃにゃーんと唸っている。
本当に言うんだ。
考えた末、ミアはパッと必死な顔を上げた。
「あたしはレイジィと離れたくないにゃ。見えないから、ルチアさんがいてくれると助かるにゃ」
「MHKと契約すればいいのに。そうしたら見えるし触れるし、喋りたい放題よ?」
「やめとけって、契約したらブレイドと戦うことになるんだぞ?」
途端に、ルチアの機嫌が悪くなった。どうしてもミアを使い魔にしたいらしい。投げ捨てるように俺にも問いかける。
「で? レイジィは?」
「俺は、ふたりと離れたくない。ミアを見捨てないって約束したし、ルチアがいないと世界が狭くなるんだ。俺は死んだままでも復活しても、この世界で生きていたい」
ルチアは俺たちにニッと笑った。
「じゃあ、決まりね! それで、どこに行く?」
決まっていないのか……。思い立ったら即行動、隙を与えない押しの強さ、ルチアは紛れもなくバハムート・レイラーの娘だ。MHK総裁を継ぐものに相応しい。
するとミアがパッと目を見開いてルチアに迫り、尻尾を立ててぴょんぴょん跳ねた。
「あたし、お魚がたくさん食べられるところがいいにゃ!」
「それなら海! 川も湖もいいわねぇ。レイジィはそれでいい?」
「俺は身体を得られる場所なら、どこでも行くよ。ルチア、ミア、よろしく頼む」
ルチアは真剣な顔をして、俺の鼻を突っついた。
「頼ってばかりじゃ、パーティー失格よ」
「幽霊でも出来ることがあれば、力になるよ」
「レイジィは、何て言ってるにゃ?」
「私たちの力になるって言ってるよ、そうこなくっちゃね! ミア、レイジィ、新しい家を探そう!」
そのとき、ルチアのトランクがカタカタ鳴った。水晶玉が入ったトランクだ、ということは……。
「お父さんかなぁ……」
「話を途中で終わらせちゃったから、かなぁ」
「とりあえず開けてみるにゃ!」
「あっ、ちょっと、ミア」
ルチアが制するより早く、ミアがトランクを解錠した。ビロードみたいな紫色の包みを解き、水晶玉にその姿を現していたのは、ムッとしている女神様だった。
ルチアは水晶玉を再び包む。
『あ、こら、やめなさい、んむ─────!』
苦しそうな女神様のうめき声に、ミアが解く。
『ふむ─────! ぬふ─────!』
演技だった。自ら口元を押さえ、苦しそうにしているだけだ。つくづくノリがいい女神様である。
もう包みはないのだとハタとして、咳払いをして調子を整え、俺たち3人を舐めるように一瞥した。
『ミア、レイジィ、いつまでその魔女といるつもりですか?』
ミアとルチアが顔を見合わせた。
「お引越しして、みんなずーっと一緒にいるにゃ」
そう能天気に言うものだから、女神様の目つきが険しくなった。ミアはちょっとだけ怖がっている。
『私の力を借りながら、魔族とずーっと一緒にいるなんて、あなたはどういうつもりなのですか!?』
あれだけ復活魔法を使ったんだ、女神様にバレて当然だ。叱られて、自分のせいだとしょんぼりするミアを遮って、俺は女神様の前へと躍り出た。
「俺はどっちの世界にも触れて、両方のいいところと悪いところを目にしたんだ。まだ知らないこと、見えていないことがあるけれど、俺は両方の世界のいいところを取っていきたい」
そうだ、バランスだ。ひとつの世界でいいこと、悪いことを繰り返すなら、ふたつの世界でいいことだけを取っていく。それがひとつの世界になれば、今より遥かによくなるはずだ。
「だから俺はどっちも選ぶし、どっちも選ばない。ふたつの世界を股にかける、これが俺の選択だ」
背後でルチアが息を呑み、しょぼくれているミアに俺の考えを伝えてくれた。ミアはお日様のように明るくなって、俺が見た夢に頷いていた。
女神様は『ぐぬぬっ……』と唸りを上げて、唇を苦々しく噛んでいた。バハムート・レイラーがこれを知ったら同じく統べるものとして、女神様と同じようにするのだろう。
納得出来ない女神様は、ふつふつと怒りを煮やし俺をじとっと睨みつけた。
『二股をするのですね、レイジィ』
「誤解を招くことを言うんじゃねぇよ! ルチアとミアの視線が痛いんだよ! こんなアホの言うことを信じるなって! 早く水晶玉を包んでくれよ!」
ミアは憎悪をたっぷり含み、見えない俺を睨んでいた。
「レイジィ……サイッッッッッテーだにゃ!!」
「違うんだって! あ、そうか、聞こえないのか。ルチア、説明してくれよ!」
ルチアは素知らぬ顔で水晶玉を包み、悪戯っぽく口笛を吹いた。旅立ちまでは、もう少し時間がかかりそうだ。
『もぬ─────! んご─────!』
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