第29話・お家に帰ろう

 MHK総裁にして身勝手な父、バハムート・レイラーに激昂しているルチアの服を、俺はツンツンと遠慮がちに引っ張った。

「あのー、親子喧嘩はほどほどにして本題に……」

「そ、そうね。ミルルの魂を返してよ!」

『返す返す。迷子を預かっていただけだ』

 バハムート・レイラーが、紫のマントをひるがえす。ルチアが身体を屈め、腕を広げて抱きとめたので、どうやら帰ってきたらしい。


 こんなにあっさり帰ってくるとは思わなかった。魔族、案外いい奴ばっかりなんじゃないか。

 しかしルチアの怒りは収まらない。バハムート・レイラーは赤い瞳をぐるぐる回す。

「もしかして、ミルルをダシにして私を呼び寄せたんじゃないでしょうね……」

『フハハハハハ、MHK総裁たるものが卑怯な真似をするとでも? フハハハハハ、ハハ、ハハ』

 視線が定まっていない。やはり総裁、やはりラスボス、油断も隙もあったものじゃない。


「嘘を言うな嘘を! 人質なんて「嘘じゃないわ!私、みんなと追いかけっこがしたかったの!」

 俺がした詰問は、身体に戻ったミルルが遮った。ひとつの身体にふたつの魂、ぶつかり合った感情は身体と魂の合致が勝利した。


「誰ともお話出来なくなっちゃって、寂しくなって泣いていたの。そうしたら、お引越ししていた幽霊さんが慰めてくれて、ここなら寂しくないよって、連れてきてくれたの。ドラゴンのおじさん、ずっと遊んでくれていたのよ?」


 ミアはしゃがんでミルルの身体と目線を合わせ、ミルルの魂に話しかけた。

「でも、もう3日もお家に帰ってないにゃあ。お母さんに会いたくないのかにゃ?」

「もう、そんなに経っていたの!? お腹が空かないから、わからなかった……。私、お家に帰りたい、お母さんに会いたい!」

 幽霊になって、時間の観念が消えてしまっていたようだ。いわゆる浦島太郎状態だ。


 ミルルの強い思いに、俺はミルルの身体から弾き出された。ぽよんぽよんと床を跳ね、にょろにょろをルチアに掴まれた。

「おかえり、レイジィ」

「ありがとう、ルチア」

 その様子を目にしたミアは、俺がミルルから出たのだと気がついた。

「レイジィは、そこにいるのかにゃ?」

「そうよ、ここにいる」


 するとミアはしょんぼりとして、つまらなそうに尻尾をぶんぶんと床に這わせた。

「ふにゃあ、レイジィとお話出来なくなっちゃったにゃあ」

「レイジィって、私の身体を届けてくれた人?」

 ミルルはキョロキョロと俺を探した。幽霊の俺が見えていないから、MHKとは契約していない、ということだ。

 よかった……幼子を無理に契約させるほど悪どくなくて……。


 ルチアが俺を掲げて指差して、ミルルに「ここにいるよ」と微笑みかけた。

「ミルルちゃんを生き返らせたくて、死んじゃった身体に憑依したにゃ。あのお姉さんが、レイジィを掴んでるにゃ」

 ミルルはルチアに駆け寄って、両手の隙間にいる見えない俺をじっと見つめた。

「レイジィさん、ありがとう。私、あなたのお陰でお家に帰れるわ」


 お礼を言われて気恥ずかしいのと、面倒な手段で復活させた申し訳なさが混じり合った、複雑な気分に俺は苛まれた。

「ミルル、ごめんな。女神様の力を借りれば、早く家に帰れたのに……」

「気にしない気にしない! 幽霊でも出来ることがあるって、わかったんだから」

 ルチアにそう慰められても、俺は苦笑いするしかない。これからは感情に流されないよう、気をつけよう。


 そしてミルルは振り返り、バハムート・レイラーに笑いかけた。

「ドラゴンのおじさん。一緒に遊んでくれて、ありがとう。お陰で私、ちっとも寂しくなかったわ」

 玉座のバハムート・レイラーは愛おしさと切なさと心苦しさに赤く光る目を細めて、それをそのままルチアに向けた。


『ルチア、いつ帰ってくるんだ』

「私は……帰らない! 永年契約なんて、絶対にしない!」

 親子喧嘩が再燃してしまった、ミルルを早く家に帰したいのに。

 ていうかルチアって、家出魔女だったのか。


『何故、永年契約をしない。次期総裁に相応しい、我輩をも凌駕する魔力を手にしたくはないのか』

 それが親子喧嘩と家出の原因か。ルチアが今より強くなったら、女神様側にとっては脅威だ。

 それにミルルの情操教育にもよくないから、早々に退散するが吉だ。


「みんな、もう用は済んだから行こう」

 服をツンツン引いて帰るように促すと、ルチアは睨みつけたバハムート・レイラーに背中を向ける。

 するとミアが「まだ終わっていないにゃ!」と、バハムート・レイラーに食ってかかる。

「お城を返すにゃ! バハムート・レイラー!」

『うぬっ、小癪こしゃくな』


 バハムート・レイラーは立ち上がり、構えた両手にどす黒い瘴気を集めはじめた。ルチアが放ったのよりも遥かにデカい、あれを食らったらひとたまりもない。

「シールド」

 俺は魔法の盾を作り、放たれた瘴気を跳ね返す。が、同時に盾は砕け散り、その魔力に戦慄した。

 ルチアが永年契約したら、これ以上か……。


「お父さん、やめてよね! ミアは私の友達なんだから!」 

『はい、すみません……』


 バハムート・レイラーは、ルチアにペコペコと頭を下げた。愛娘には頭が上がらないらしい、きっと奥さんの尻にも敷かれている。

 ミアとミルルを守るように、ルチアの先導でダンジョンを出る。魔族の誰もが遠慮がちに見送るのみで、魔族最強はルチアじゃないかと思えてしまう。


「幽霊、楽しかったな。また来ていいかしら」

 玄関を抜け、名残惜しそうにダンジョンを仰いだミルルを屈んで諭したのはミアだった。

「ダメにゃ。ミルルちゃんが幽霊になったら、たくさんの人が悲しむにゃ」

「それ、ミアに言えたこと?」

 ミアがしゅるしゅると萎れていくと、ルチアと俺は笑いが止まらなくなってしまった。


 俺はルチアを介して、この3日間に起きた細事をミルルに伝えて家へと送った。

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