第104話・いのち だいじに

「覚悟なさい!?」

 ルチアがステージを踏みしめて精霊をビシッと指差すと、軽妙なメロディが世界中に渦巻いた。画面を見つめる眼差しは次第に緩み、リズムに乗らずにはいられなくなる。


 ♪  ♪  ♪


 一度きりの私だもの

 二度とない出会いだもの

 一度きりなの 二度とないの

 後戻りなんて 出来ない


 やり直しなんて 許さない

 やるせなくても 無理無理

 それが選んだ道だから


 この瞬間を抱きしめて 私は行くの

 しくじっても つまずいても

 真っ直ぐ 前を向いて

 たったひとつの ゴールを目指すの


 ♫  ♫  ♫


 ルチアのメッセージに世界が沸いた。かけがえのない生命の大切さに、誰もが目覚めた。

 そうだ、人生は一度きり。リセットもリスタートも出来ないんだ、だから大事にするんだと。


 ♬  ♬  ♬


 一度しかない瞬間だもの

 二度とないチャンスだもの

 一度だけなの 二度目はないの

 スタートラインはひとつよ


 寄り道したって いいじゃない

 迷子になっても いいじゃない

 ゴールは必ずあるんだから


 道を拓くのは 私しかいないの

 つらくても 苦くても

 甘酸っぱくなるから

 たったひとつの 道を行くの


 ♯  ♯  ♯


 生命を司る女神様、死を司るMHK、つながる道はひとつじゃないか。生命の復活に甘んじて、生命をないがしろにしてしまっていた。

 死というゴールがあるからこそ、かけがえのない生命なんだ。敵対するのは間違っていたと、世界が気づかされた瞬間だった。


『チア、チア、ルチア! チア、チア、ルチア!』


 世界中がルチアコールを上げていた。メッセージが伝わって、普通の女の子になったルチアは笑顔で手を振っている。

 ルチアに魅了されたのは魔女だから、そんな幻想は完全に否定されていた。


 ♭  ♭  ♭


 遠回り 回り道

 いくらしても いいのよ

 あなたが 選んで

 歩いてきたんだから


 嬉しいこと 悔しいこと

 悲しいことも すべて

 あなたの 道のりを

 全部 抱きしめてね


『チア、チア、ルチア! チア、チア、ルチア!』


 ゴールするまで 決してあきらめないで

 長くて 短い

 道のりなんだから

 もう二度とスタート 出来ないんだから

 戻れない 帰れない

 目指すはゴールだけ


『チア、チア、ルチア! チア、チア、ルチア!』


 物語を見せてよ

 世界でひとつの物語を

 あなただけのものなの

 たったひとつの物語を

 あなたが守り抜いてきた

 いのち だいじにね


 ♮  ♮  ♮


 こんなにポップな歌だとは思わなかった。それで世界が塗り替わるなんて、夢だと思った。だが確実に変わったのだと、ステージを囲むスクリーンから伝わった。


 教会に集った人々も、ところどころで身を潜めている魔族たちも、エルフもホビットも四獣たちも、コレモンマスターにコレモンも、お稲荷様も世界樹に住まう面々も、揃ってルチアコールを声高らかに上げていた。


『チア、チア、ルチア! チア、チア、ルチア!』

『チア、チア、ルチア! チア、チア、ルチア!』

『チア、チア、ルチア! チア、チア、ルチア!』


 そして女神様は号泣し、安易な生命の復活を恥じていた。

『ブッヒィフエエエ────ンン!! ヒィェ──ッフウンン!! ウゥ……ウゥ……。ア゛─────ア゛ッア゛──!! ウグッブーン!! ゴノ、ゴノ世のブッヒィフエエエ────ンン!! ヒィェ──ッフウンン!! ウゥ……ウゥ……。ア゛─────ア゛ッア゛──!! ゴノ! 世の! 中ガッハッハアン!! ア゛──世の中が! ゥ変ワドゥウ! ィヒーフーッハゥ』

「女神様、それもう何回目だよ」

「天丼にゃ! 天丼食べたいにゃ!」

 ミアのリクエストに答えてか、天から天丼が世界中に舞い降りた。


「見ろ! 天の恵みだ! 天からの恵みだぁ!」

「天丼だ! 女神様、ありがとうございます!」

「ご飯の支度をしなくていいから、助かるわぁ」

「うまにゃうまにゃうまにゃうまにゃうまにゃ」


 手の平に収まった天丼を興味深く見つめるルチアに、俺は箸を差し出した。

「怖がらずに食べてみなよ、今は普通の女の子なんだろう?」

 つゆが染みた天ぷらにこわごわと箸を伸ばして、ひと思いにかじりつく。


「美味しい! 天にも昇る気持ちね!? だから天丼っていうの!?」

「そうじゃないけど……」

 そう否定した俺は久しぶりの食事に我慢出来ず、天丼を一気にかきこんだ。


 ふわふわの衣に飯にと染み込んだつゆが甘辛く、海老はぷりぷり野菜はしっとり、口の中に海の幸も山の幸も畑の恵みも田んぼの潤いも、知恵も技量も世界のすべてがひとつになって鼻へと抜ける。

 美味い、美味すぎる、ミアが夢中になるのが納得出来る。天つゆが五臓六腑に、身体の芯にまで染み渡る。ああ、生きてるって感じだなぁ……。


「そうかも知れない。天にも昇る気持ちになるから天丼だ」

「そうでしょう!? 魔女なのに天界も悪くないって思っちゃった!」


 ええっ!? と泣きそうな顔のアムンを見て、俺に加えてルチアまでもが苦笑した。

「そ、そんなぁ。ルチア様、また契約してくださるんじゃないんですか!?」

「心配しないで、すぐに定期契約してあげるから」


 しょんぼりするアムンをなだめたルチアは、哀楽混じりの伏せた目を天つゆひたひたご飯に落として呟いた。

「レイジィ。世界って、こんなにも違って見えるんだね」


 俺は天丼と箸を脇に置き、その手でルチアの肩を掴んだ。俺と視線を交わしたルチアは、ハッと目を見開いてから目尻を桜色に染めていた。

「ルチア。転生した俺も、違って見えるか?」


 ルチアが鏡を求めると、アムンは魔術を使って床から鏡を引き出した。それに映った姿を見た俺は、広間いっぱいに叫びを上げた。

「なっ、なんじゃこりゃああああああああああ!?」


 まん丸顔に目がちょんちょん、一本線のにっこり口と、にょろにょろっと伸びる後ろ髪。要するに、幽霊と見た目が変わっていなかった。

 異世界転「死」した俺は、幽霊の顔がベースになってしまっていた。

「おんなじだよ。可愛い♡」


 悶絶する俺の肩にルチアはもたれかかると、眠りにつくようにスーッとまぶたを閉じた。

「……ルチア?」

 ルチアは、息をしていなかった。

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