第103話・普通の女の子に戻したい
どういうスキルなのか俺自身にもわからないが、俺が望んだとおりに床が一段せり上がり、ビロードのカーテンが背後に広がり、部屋のあらゆるところから俺たちに向かって光が差して、スタンドマイクが生えてきた。
「アムン、あとどれくらいでルチアの契約が切れるんだ?」
アムンは手の平に砂時計を出現させた。残った砂は、ほんのわずかだ。
「本当に、もう間もなくです。あああああ私の契約件数が……」
壇上から降り、頭を抱えてうずくまるアムンの肩にそっと触れた。
「ノルマなんか気にするな、今は俺が総裁だ」
「……レイジィ様、いいえ、レイジィ総裁……」
アムンは黄色い目玉をうるうるさせて、ついにはおいおいと泣いてしまった。バハムート・レイラーよ、どれだけのノルマを課したんだ。
『
「出たな!? バハムート・レイラー! ちょっとは従業員のことも考えろ! って……それは俺がこれから考えるのか」
頭の中に響いた声に苦言を
「レイジィ、どうしたにゃん?」
「バハムート・レイラーと話をしたんだ。やっぱりあいつは、俺の中で生きている」
そして壇上は、ルチアひとりになっていた。プリプリ怒ってはいるが、マイクの前から一歩も動こうとしていない。
「ちょっとレイジィ!?」
ルチアの服が【超絶可愛いアイドルのドレス】に変わった。
「こんなところに私ひとりで」
ルチアの手首足首にフリフリレースが巻かれた。
「どういうつもり!?」
ルチアの頭に箒や黒猫で飾られた、とんがり帽子が乗っかった。
そのとき、ルチアの定期契約を示す砂時計が一粒残らず落ちきった。
「ルチア、この世界のすべてのために歌ってくれ」
「はぁ!? あんた頭おかしいんじゃないの!? 私が歌ったからって、何になるのよ!?」
真っ赤な顔でキィキィ怒っている間、たくさんの映し身の精霊がルチアを見つめて、すべての教会、すべての水晶、コレモンバトルが行われる闘技場にライブステージを投影した。
ルチアのそばに現れたスクリーンは、旧『ショー居酒屋チア☆チア』の楽団が今か今かとスタンバイする様子が映し出された。
世界の準備は万端だ。俺はステージの前に立ち、全世界配信の前座を行う。
「俺はMHK魔族放蕩協会の新総裁、ユーキ・レイジィ。チア✕チア☆ダブルチアのルチアが魔女だと知って、教会関係者は落胆しているところだろう」
うーん……協会と教会がややこしい。反省はあとにして、話を続けよう。
「ルチアに夢中だったみんな、魔女だから手の平を返していいのか? みんな夢中になったのは、魔女ならではの魅了のせいだけなのか?」
思いを伝える俺の背後で、スタンドマイクにしがみつき、逃げ場を探すルチアが全世界に映される。
ステージに立ちゴリゴリのアイドル衣装を着てもなお、恥じらう様子がたまらなく、ルチアファンの人間は魔女とアイドルの間で揺れている。
俺はアムンを呼び寄せて、砂時計を白紙の契約書を世界中に見せつけた。契約件数が減ったアムンは、わかりやすくしょんぼりしている。さすが営業、こんな演出はお茶の子さいさいだ。
「今のルチアはMHKとの定期契約が切れている。つまりルチアは、普通の女の子になったんだ。これから歌うルチアの歌は魅了効果なんかに頼らない、魔族の生命のメッセージなんだ」
スクリーンが映し出した旧ルチア親衛隊は、真剣な眼差しをこちらに向けてうなずいている。今までのように感謝感激狂喜乱舞する気配はない、ルチアの歌を、その目で見定めようとしているのだ。
その雰囲気を悟ってか、チア☆チア楽団が呼吸を合わせ、楽器を構えてルチアの覚悟を待っていた。
「レイジィ、勝手なことを言わないで! 私は歌うなんて、ひと言も言っていないんだからね!? 私は人前で歌わないって、そう決めたんだから!」
ツンツンプリプリしているルチアを俺は信じた。窮鼠猫を噛むならば、ルチアは追い詰められて歌を歌う。ルチアは、天性のアイドルなんだ。
「世界のみんな、聴いてくれ。ついさっきまで魔女だった普通の女の子、ルチアが歌う生命の歌を」
「にゃんにゃんにゃにゃーん」
世界中が、ミアの歌にズッコケた。どうしてこのタイミングで歌うかな。
「ミア、あとで好きなだけ歌っていいから、ルチアの歌を聴かせてくれよ」
「だってルチアさん歌わないし、あたしも歌いたいにゃあ」
つまらなそうにブスッとするミアは、ホーリーによって回収された。彼女は、もともとの仲間に任せよう。
「失礼しました、仕切り直します。それでは聴いてください、ルチアが歌う生命の歌を」
楽団が楽器を構え直し、スクリーンに映るルチアを見つめる。教会に集う人々も、魔族も、エルフやホビット、四獣もコレモンマスターもお稲荷様も、息を呑んでスクリーンを注視した。
ルチアはそっと目を伏せて、ふわりとマイクに手を添えてから、光り輝く眼差しを世界に向けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます