第41話・ふたりはプリチア
働く店は居酒屋なんだ、仕事といったら注文取りと配膳だろう。しかも俺たちは美少女だから、看板娘としての活躍が期待されている。
そうと信じて連れられた先は──
「……何で舞台袖なんだ」
「席は男の人だらけにゃ」
「あんた、やっぱり……」
ルチアが手の平に瘴気を募った、そのときだ。
「どきなさい、小娘」
身体にピッタリ貼りつくドレスをまとう金髪美女が、俺たちを押しのけてツカツカとステージへ向かっていった。その中央で立ち止まると、酒宴に興じる客席はシンと静まり返り、視線は彼女だけに注がれた。
ステージ直下の楽団が、トランペットやサックスやトロンボーンとはちょっと違う楽器を構え、扇情的なメロディを奏でる。それに合わせて美女が身体をくねらせて、吐息のような歌を歌った。
あなたたちは 私のしもべ
だって私は ナンバー1
「おじさん。あたしたちは、お姉さんみたいに歌うのかにゃ?」
「イェア、ここはショー居酒屋。黒髪のふたりならナンバー1アイドル。お嬢さん、やっちゃいなよ」
「無理無理無理無理! 恥ずかしい!」
ルチアが顔を真っ赤にして、ぶんぶんと手の平を振って拒絶した。カラオケでタンバリン係に徹した俺は、女性ボーカルなど歌ったことがないから困惑するばかりである。
「おじさん、あたしは!?」
「猫っ子は歌が下手そうだから、ダメ。おひねりを回収して。取り分は7対3、いいね?」
ミアはむくれて、おっさんを睨んだ。溌剌とした声だから、このステージの雰囲気には合わないが、ひどい。
「レイジィ! ルチアさん! 今日は野宿にゃ!」
ミアの【速さ】で逃げようとしても、もう遅い。金髪女と入れ替わりにステージに立った司会者が、俺とルチアを紹介してしまった。
「お次はニューフェイス! 誰もが魅了される双子の姉妹、ルチア✕レチアです! どうぞ!」
俺の名前を改変された、しかも双子設定にされてしまった、だいたい打ち合わせもなければ、持ち歌もない、こんなの無理に決まっていると思ったときには、おっさんに背中を突き飛ばされて、ステージ中央に立たされていた。
熱視線の集中砲火に耐えきれず、ルチアが俺を盾にして、袖をツンツン引っ張った。
「レイジィ、どうすればいいのよ!?」
「歌うしかないだろ? さっきの女みたく、思っていることを音楽に合わせて、適当に……」
打ち合わせの終わりを待たず、楽団がメロディを奏ではじめた。ルチアのルックスに合わせてだろうか、お嬢様系アイドルをイメージしている。
ルチアはぐるぐる目を回し、眉を歪めてあうあうあうと口をパクパクさせている。仕方ない、ここは俺が先陣切って──
ハートを粗末にしないでね
ハートは大事なんだから
もしも粗末にしちゃったら
私がこの手で
まさかのルチアがノリノリだ。ステップを踏み、手でハートを作って、客席に向かってウィンクまでお見舞いしている。憑き物が取れたような憑かれているような、ともかく吹っ切れてアイドルに徹している。
『やられたい! やられたい! ルチア、ルチア、やっちゃってー!』
お前ら、歌詞の意味わかっているのか。ルチアはマジで
と、俺の眼下にルチアの手の平が差し出された。俺に歌えという意味らしい、マジかよ。
恨まないでね幽霊さん
化けて出ても幽霊さんは
誰ともお話出来ないよ
実体験を音楽に乗せてみた。考えながら歌うからたどたどしいが、それが初々しく映ったからかウケている。
何より、女の子の声で歌うのが楽しいぞ。
『やらないで! やらないで! レチア、レチア、やらないか?』
何だ、このコール。大丈夫か、こいつら。べーっと舌を出したら、更に興奮されてしまった。可愛いは正義、美少女は何をしても許されるのだ。
すると
恨めしや 恨めしや
恨むのは あなた自身よ
私は何も悪くない
全部あなたのせいなの
それがあなたの望みでしょ?
背中を合わせてバキュンと指差し、漢のハートを撃ち抜いた。もう居酒屋は大変な騒ぎだ、おひねりが嵐のように飛んでくる。
『プリティルチア! キューティレチア! チア✕チア! チア✕チア! ダブルチア!』
お前ら、何を言っているんだ。その姿を親に見せられるのか。お前らに恥という概念はないのか。
でも、キューティって言われちゃった。てへ。
「注目の新人アイドル、チア✕チア☆ダブルチアのおふたりでした。ありがとうございましたー!」
歓声からユニット名が決まっちまった。まさかのアイドルデビューに困惑しながら、ふわふわとした優越感についつい頬が緩んでしまう。胸のあたりで小さく手を振り舞台袖へと引っ込むと、ミアが箒と塵取りで大量のおひねりを回収した。
反応が薄い、可哀想だ、ミアだって可愛いのに。
演目はこれで終わりのようで、さっきまで湧いていた客席は、俺たちの余韻に浸っていた。
一曲で終わってよかったと安堵しているところへ来たのは、満足そうなボッターのおっさんだ。
「ミーの目に狂いはなかったね! お嬢さんたちは今日からスーパーアイドルだよ! 明日も来てくれるかな!?」
「断る」
ルチアはキッパリ断った。ステージでは、あんなにノリノリだったのに。
「そんなこと言わないでよルチアちゃん! 明日のステージは、もっと稼げるから! この上に宿舎があるから、泊まってひと晩考えてよ!」
縋るボッターを見下ろして思ったことは、今日の寝床は確保出来た、それだけだった。
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