第40話・働きたくないでござる
ホビットの集落をあとにして、入道雲に隠された世界樹を目指す。目標物がデカいから見失う心配はないが、進んでも進んでも近づく気がしない。
ルチアの箒で飛んでいけば、時間を稼げて危険も少ない。が、3つの身体にトランクふたつは、さすがに定員オーバー過積載だ。
地道に歩いていくしかない。
「街に行けば、馬車に乗せてもらえるかも知れないにゃ。荷馬車の空いたところだったら、多分お金がかからないにゃ」
そう、俺たちには金がない、それも問題だ。
そこらへんの食えるものを食べ、適当なところで野宿をする、それを繰り返すにも限度がある。
街に行っても、金がなければ物乞いをし、泊めてくれる家がなければ、人通りのある場所で野宿するハメになってしまう。
若い女の子3人が、それをするわけにはいかない。
金を使うのが街ならば、金を稼ぐのも街である。
「街についたら仕事を探そう。長旅だと考えたら、お金が少しでもあったほうがいい」
「賛成! 私、薬を売るわ。毒薬でしょ、しびれ薬でしょ、眠り薬に、幻覚を見られる薬と、重だるくなる薬、それと……」
「……うん、それは街で売りに出せる薬じゃない。普通に仕事を探そう」
「惚れ薬なら、買いたい人がたくさんいるにゃ!」
「やめろ、今のルチアには魅了効果があるんだぞ、俺たち自身が大変なことになる、やめろ」
スマホには地図アプリがあったので、一番近くの街を探して、そこを目指した。アプリで見た限り、はじめの町より遥かに大きい。ここなら何かしらの仕事がありそうだ。
しかし、思いのほか遠く……
「陽が傾いてきちゃったわね」
「街の手前で野宿かにゃあ」
「とりあえず街に入ろう」
そして街に入れたのは、黄昏どき。活気あふれる商店は、どれもこれも店仕舞いをはじめていた。
「あちゃ、遅かったみたいね」
「うにゃあ、やっぱり野宿かにゃあ」
「あきらめるな、店仕舞いに手間取っている店は、手が足りないはずだ。運がよければ、仕事と寝床が見つかるぞ」
一石二鳥の住み込みが狙いだが、仕事探しは慎重に行わなければならない。この世界に転死してから変態ばかりに遭ってきた上、ルチアとミアそして俺という美少女揃いだ。下手をすれば「いいこと」と言って誘う悪い人に、悪いことをされてしまう。
「みんな手際いいわね」
「今日は野宿して、明日探すにゃあ」
「ぐぬぬぬぬ……今から開く店は飲み屋しかない。俺たち美少女3人じゃあ、風俗営業法違反だ」
そもそも、この世界に風営法があるのか知らないが、大事をとるに越したことはない。
この世界での仕事を、甘く考えていた。コンビニやファミレスのバイトは、この世界に存在しない。えり好みをしなければ、仕事には困らない日本とは違うのだ。まぁ、日本の場合は仕事をはじめてから困ることが多い。
「どこなら仕事があるかな……。そこらへんの人に聞いてみるか?」
「領主のお屋敷とか? またMHKが乗っ取るかも知れないけど」
「もう野宿で決まりだにゃあ」
ミアは野宿をしたいのか、それとも働きたくないのか。ルチアも付き合ってくれてはいるが、必死さはなく正直どうでもいい、といった様子だ。
頑張ってるのは俺だけか、そう思うとついムキになり、必死になって訴えてしまう。
「ちょっとはやる気を出してくれ! ミアもルチアも、お金がないと困るだろう!?」
「困らない。
「困らないにゃ。あたし、お魚があればいいにゃ」
マジかよパーティーの人選ミスったか、と思えてしまうほどの衝撃だ。このふたりと一緒なら、飯屋自慢の料理も宿屋のふかふかベッドも疎遠になってしまうのか。
「そうだ、お風呂! ルチア、お風呂好きだろう」
「あー、それはちょっと困るかも。でも私、温泉を掘り当てるの得意なの。前の家も温泉を当てたから、あの場所に決めたのよ?」
何てこった、ルチアはダウンジングの名手かよ。とりあえず、長旅の合間に露天風呂イベントが発生する可能性がアップした。美少女3人のお風呂イベント乞うご期待、とか言ってる場合ではない。
とか何とかやっているうちに、空は燃えるような茜色に染まっていった。端のほうは夜空が侵食して青く、ぽつりぽつりと星が
これはミアが言ったとおり街の外れで野宿かと、あきらめかけた、そのときだ。
「ヘイ、お嬢さんたち。お困りですか?」
困った奴が近寄ってきた。半袖シャツの上に長袖シャツを着ずに羽織る、色眼鏡をかけた怪しくバブリーなおっさんだ。
俺とルチアは引いているが、ミアは興味深そうに猫目をパチクリさせている。
「失礼。ミーはクリス・ボッター、この街で一番の居酒屋を営んでいます。仕事をお探しなら、ミーの居酒屋で働きませんか?」
自分のことをミーというなど、唯一無二のギャグ漫画以外ではじめて聞いた。とにかくバブリー親父は、怪しさの満漢全席だ。
「居酒屋で働くには、俺たちは若すぎないか?」
「お嬢さんたち、いくつですか?」
「170歳」「5歳だにゃ」「享年20歳」
「問題ないデスネー!」
嘘だろ、全方位問題だらけだ、ますます怪しい。
この仕事は断って、今夜は野宿にしようと思ったそばから、ミアが俺とルチアの手を引いた。
「何だか、このおじさん面白いにゃ! レイジィ、ルチアさん、お店に行ってみるにゃ!」
「ミア、さっきまで野宿する気満々だったじゃないか」
「いいわ、脱げとか抜かしたら……」
ルチアは開いた手の平に、どす黒い火球を浮かばせた。これは本気だ、食らったらバブル崩壊、最低でも10年は失われる。
「そんなことは言いませんよぅ。嫌だなぁ、怪しい店みたいに言っちゃって。エヘッエヘッエヘヘ」
自分から怪しい店とは言わんだろうが、狼狽えるのがなお怪しい。チートスキルで悪を倒す、ついにそのときが来たようだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます