第67話・混ぜるな危険

 ルチアの箒で窓から外に飛び出して城壁を越えた俺たちは、放物線を描いてスライムの堀へと墜落をした。


 どぷぅうううぅんんんぬぬぬ……。


「フギャ─────! 助けてにゃ─────!」

「うわっ、全身ていうか、全霊べっとべと」

「ごめんごめん、樽の重さ忘れてた」


 浮き輪の代わりに樹液の樽にしがみつき、バタ足をして堀から上がる。全身ぬるぬるのどろどろで、地味なダメージを受けたミアは【体力】をガリガリと削られた。一方ルチアは、たまご肌なっている。


「うう……ひどい目に遭ったにゃあ……」

「あ、ルチアさん、回復してるんスね」

「はぁ……スライム風呂なんて久しぶり」


 さて、ルチアの箒は過積載になってしまうと判明した。陸路は徒歩、海路は聖なる力のない普通の船で、箒でひとっ飛びした距離を行くことになった。

 長い、長すぎる旅だと途方に暮れて、北の果てに来たのだから仕方ない、そうあきらめかけた、そのときだ。


『ルチアじゃねぇか、お困りかい?』

 城から飛び立ったドラゴンが、きびすを返して俺たちの前へと舞い降りた。西洋風のドラゴンは、がんじがらめに縛られたゲイスをガッシリ掴んでいる。


「ドラオさん、この樽が重くて飛べないの」

『なら、俺っちの背中に乗ってくんな。なぁに気にすんな、こいつを捨てに行くついでだ』

「ありがとう!……って、お母さんね?」

『バレちゃあ、しょうがねぇ。様子を見に行けって奥様に言われたのよ。こいつをいたぶるのに、満足したみてぇだしな』


 助かった、ルチアの母に感謝だ、ありがたい。

 が、まだゲイスと一緒かと、空のようにどんよりしてしまう。

「早いところ捨ててくれないかな、ゲイス」

「借金を返済させるのよ? 人里に放り出さないと意味ないわ」


 俺たちはドラゴンの背に跨って、魔族がはびこる鬱蒼とした森を飛び越えた。森が切れ、荒涼とした原野を抜けると、雲が晴れてカーテンのように陽が差している海に出た。

「ドラオさん! どこまで行くのよ!?」

『この先の島なら、俺っちの顔が利く。そっから先は教会の領内だからな、だから島でおさらばだ』


 言ったそばから、ポツンとした島が姿を見せた。中央にスタジアムが鎮座しており、それを囲んで町が広がる。

 高度を下げて輪郭を見せた町並みは、知っているような知らないような、はじめて見るような馴染みがあるような、俺にとってはそんな風景だった。


『この浜辺でいいか? さすがに町中には入れねぇからな。ルチア、じゃあな!』


 俺たちを降ろし、ゲイスを捨ててドラゴンは来た道のりへと飛び去った。

 辺りを見回すと、四獣がいた町に似ていて違った雰囲気。言ってしまえば、ここは和風だ。


「なぁ、ルチア。ここって、エルフのいすゞがいた町じゃないか?」

「んー……方角は東だから、そうかもね」


 甲高い歓声が駆け寄ってきた。ドラゴンを見送る子供たちだ。誰も彼もが着物を着ている。

「ドラゴンだー!」

「ドラゴンー!」

「何だ? これ」


 子供たちは、そこら辺に落ちていた木の枝で突っ伏すゲイスを突っつきはじめた。

「亀みたいだ」

「本当だ! 亀みたい!」

「のろまな亀ー。うすのろ亀ー」


 子供たちよ、彼が亀みたいなのは、そういうふうに縛られているからだ。彼は亀ではなく、薄汚い豚なんだ。

 でも、これはちょっと、聞こえなくても言えないな。


「ゲイスがいじめられてるにゃ!」

「レイジィ、どうする? 助ける?」

よろこんでるから、いいんじゃないか?」

 というわけで、日も傾きはじめた頃だし、今日はここで一泊だ。と、俺たちは亀を助けず和風の町の中央へと向かっていった。


 四獣の町では屋根つきの門、しかしここの入口にあるのは鳥居だ。目抜き通りには商店が立ち並んでおり、賑わっている。

 さすがドラゴンの顔が利く町、見るからに魔女のルチアが闊歩しても、誰も気に留めていない。

 歩みを進める俺たちとは逆方向に、着物姿の子供たちが浜へと走っていった。


「ドラゴンが出たんだって!?」

「ドラゴンからボールをもらうぜ!」

「ドラゴンのボールでモンスターをゲットだぜ!」


 危なっかしいものが混じってないか!? これには俺も、わけもわからずハラハラしてしまう。

 それで子供たち、いるのはモンスターではなく亀みたいな薄汚い豚だ。


 しかし彼らを引き止めたのは、不思議なボールに興味を惹かれたミアだった。

「君たち君たち、ボールでモンスターを封じられるのかにゃ?」


 すると子供たちは得意げな笑みを浮かべて、幼い胸を突き出した。

「そうだよ!」

「コレモンっていうんだよ!」

「コレクションするモンスターでコレモンだよ!」


 またまた子供たちは危ない橋を渡っている。こことは違う世界から訴えられやしないかと、ヒヤヒヤしてしまう。

 そんな俺など構わずに、ミアは興味を示して聞き入って、ルチアは疑問符を並べている。


「子供でも魔物を封印出来るなんて、すごいにゃ」

「ドラゴンがボールを出すなんて、聞いたことないわ。それで魔物を封印するっていうの? ドラゴンだって魔物なのに?」


 真剣なミアとルチアに機嫌をよくした子供たちは、ふたりの手を掴み取って目抜き通りを引っ張っていった。

「魔物じゃないよ! モンスターだよ!」

「闘技場で天下一品評会をやってるよ!」

「天下一品評会に連れて行ってあげる!」


 弾むような子供たちとは裏腹に、ドロドロとしたバトルしか思い浮かばないのは、何故だろう。

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