第46話・異世界名作劇場

 真夜中になり、ようやくルチアは目を覚ました。俺とミアがホッと安堵して緩めた頬は、身体を起こして窓を見つめるルチアが硬直させた。

「みんな、空を見て」

「光が降りてきている」

「あの下は教会だにゃん」


 ルチアはベッドを落ちるように抜け出して、おぼつかない足取りをかばいながら扉へ向かった。ミアが駆け寄り、ふらふらとするルチアに肩を貸す。

「ルチアさん、まだ動いちゃダメにゃ」

「これくらいじゃあ、私は死なない」

「死ぬかどうかじゃない、無理するな」


 ルチアはガバッと首をもたげて、鞭振るように扉のノブに手をかけた。

「不穏な光……絵描きになりたい子が、危ないの。きっとその子は教会にいるわ、あの光がそう示しているの」


 ミアは力強くうなずいて、ルチアが伸ばした手に手を重ねた。

「ルチアさんは、あたしが支えるにゃん!」

「俺たちに出来ることは、何でも言ってくれ」

 ルチアが力を振り絞るようにうなずくと、ミアはそれに呼応してドアノブを回した。


 *  *  *


 ゆっくりと舞い降りる光と競って、足を引きずるルチアを支えて教会に向かう。その間、宿屋の女将から聞いた、絵描きを目指している子の話をルチアに伝えた。


「その子は孤児みなしごで、お金持ちにこき使われたから、仲良しのワンちゃんと一緒に逃げたみたいにゃん」

「愛犬と仕事の合間に描いた絵だけが、彼にとっての数少ない救いだったんだ」

「それから泥棒の疑いをかけられたり、ずっと悪いことが続いていたにゃん。それで今は、どこにいるかわからないみたいにゃん」


 その人生は、子供にはあまりに酷だ。これで生命が危ないなんて、いくら何でも可哀想すぎる。

 教会にいるのであれば、女神様は救済するのか。

 魔族のルチアが不穏と言った光が、女神様の救いなのか。

 せめて生前の俺のような人生ならば、次には幸せが待っているのに──。


 その子を幸せにしてくれ、女神様!


 荘厳な扉の前に着く頃に、光は屋根を通り抜けて教会に入っていった。

 ミアが扉を開け放つ。

 女神様の彫像が見守っている、教会の中央。

 そこにはひとりの少年が、もたれかかった愛犬にか細く話しかけていた。


「アサラッシュ、疲れたろう? 僕も疲れたんだ。僕、とっても眠いんだ」


 自慢の【速さ】で駆け寄ろうとしたミアよりも先に、舞い降りた光が少年を包み込んだ。

 今なら、はっきりとわかる。あの光は、天使だ。潰える生命を迎えに来たんだ。


「女神様! その子をどうすりつもりだ!」

 俺の問いに、女神様の彫像は光を放って悔しそうに語りはじめた。

『救えなかった償いに、この子を天使として天界に迎え入れるのです。それが潰える生命に与えられる最上の幸福なのです』


 迷いに足を止めているミアが問う。

「その子を復活させてにゃん! 天界じゃなくて、ここで幸せにして欲しいにゃん!」

『……生命を司る私にも、定められた死を操ることは出来ません。私に出来るのは、この魂が魔族の手に落ちないよう、天界に迎えることなのです』


 扉を盾に隠れるルチアは、開いた手の平に瘴気を募った。が、それは魔弾となる前に砕け散った。

「くっ!……まだ身体が治ってないかぁ……」

「ルチア、無理をするなと言ったろう。それに最期の場所に教会を選んだ子だ。天界で天使でいられるのが、その子の幸せかも──」

『誰です!? そこにいるのは』


 飛び散り消え去る瘴気に気づかれ、ルチアが観念して姿を現す。対峙した女神様は、突然のアイドル登場にテンション爆上げである。

『キャー! ルチアよ、ルチア、キャーキャー!』

 ルチアは女神様に呆れながらも、張り詰めた緊張の糸を切れそうなほど締め上げた。

「その子は、生命を奪われる定めになんかないわ。ルデウスが描いた絵に、心をとらわれたのよ」


 女神様は絶句した。生命を奪う絵が教会にあったとは……と。一方ルチアは、やれやれと両手を広げて音のないため息をついた。

「気づかないのも無理はないわ、人間でも魔族でもない新種の呪いなんだから。ちなみに、絵を捨てても無駄よ? こういうヘタクソな呪いは、根源から断ち切らないといけないの」

『根源?……ルデウスですか!?』

「そう、そっちは私たちに任せて。必ず懲らしめてやるんだから。で、死を操れない女神様には、その子を復活させられないのね?」


 ルチアは突然、魔弾が消えた手の平で俺をガシッと掴み取った。

 え? 何? このパターン、ひょっとして……。


「レイジィ。あの子の身体に憑依して、復活魔法を唱えて。そうすれば、あの子の魂が身体に帰るかも知れないわ」

「復活は、女神様の力を借りるんだ。その女神様が無理って言っているんだから、ダメじゃないか?」

「ダメでもともと。やってみなきゃ、わからないでしょう?」

「それでもし、本当にダメだったら?」

「……レイジィは身体を手に入れられるから、いいんじゃない? ルデウス退治でも、いてくれたほうが助かるし」


 鬼か、悪魔か、そうだルチアは悪魔に魂を売った魔女だった。と、納得している場合じゃない。が、俺の腹が決まる前に、ルチアは俺をぶん投げた。

「うわぁあああああああああああああああ!」

 俺は子供の亡骸まっしぐらに飛んでいく。しかし天使は、魔族の技たる憑依を許さなかった。


 俺は子供を目前にして、突き出された天使の尻にプリッと跳ね返された。これぞヒップホップなど、くだらないことを言っている場合じゃない。天使とはいえ、尻だぞ尻。俺はとても気分が悪い。


 しかし、それがそんな程度と言えるほど、気分が悪くなる事態に見舞われた。

「あっ……」

『あっ……』

「ほにゃ?」

「ワフ?」

 俺は、犬に憑依した。

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