第45話・削除してください!

 俺とミアは、禍々しくも惹かれる絵画に吸い寄せられて、教会の中へと足を踏み入れた。魔女だから教会に入れないルチアは、扉の脇にしがみついて絵に睨みを効かせている。

 すると、女神様の彫像が神々しく光を放った。


『扉に隠れているのは、チア✕チア☆ダブルチアのルチアさんですよね!? ファンです! サインください!』


 女神様、やっぱりルチアのファンなのか。ていうか、目の敵にしている魔女だと気づかないのか。


「女神様、俺だ、レイジィだ。あの動画の削除要請に来た、本人の許可を得ないで動画を上げるなよ」

「そうよそうよ! あんたのお陰で、私はひどい目に遭ってるんだからね!?」


 扉を盾にキイキイと怒るルチアに、女神様は

『ガ───────────────ン……』

と、ショックを受けていた。SEを使わず口で言うんだ。

 そして女神様はぐじぐじと、チア✕チア☆ダブルチアへの愛を語りはじめた。


『生命を司る神として、生命を大事にする歌に感銘を受けたのです。削除してしまうのは、私の務めに反します』

 死を司る魔族として、ルチアは視線を泳がせ口を尖らせていた。自分の思いが女神様に伝わるなど、思ってもみないことだった。


 が、思想それ動画これとは話が別だ。

「で、でも! 私は許可しないんだからね!? あの動画を削除して!」

『非常に残念です……が、本人がそういうのならば仕方ありませんね』

 女神様はガッカリと落胆しつつも、動画の設定を素直に開いて削除した。ちゃんと言うことを聞いてくれる、さすが願いを叶える女神様だ。


 しかし、転んでもただでは起きないのも、女神様である。微動だにせず、涙ひとつ流さない女神様の彫像が、悲しそうにすすり泣いた。

『ルチアさん、亡きレチアへの鎮魂歌を歌って……えぐっ……鎮……こ……ひぐっ……鎮、鎮……』

「中途半端に言うな! レクイエムって言ってくれよ! 聖なる女神としての自覚はあるのかよ!?」


 女神様は俺のツッコミなど聞き入れず、小動物のように警戒しているルチアに鎮魂の願いを託す。

『どうか、レチアの魂を歌声で鎮めてください』

 俺の魂なんだよなぁ。言うと面倒になるのは目に見えているから、言わんけど。


 そのとき、ぐちゃぐちゃにされたルチアのドレスが光を放った。

「嫌、何、何なのよ!? キャアアアアア!!」


【可愛いドレス】が【アイドルのドレス】にレベルアップした。

 ルチアの魅力が100アップした。

 町中の男たちが【状態】魅了に陥った。

 【聖なる光】でルチアは80のダメージを受けた。


 光が消えると、びっしりとしたフリフリフリルに飾られたドレスにルチアは身を包み、ゲッソリしていた。死守していた白くて細いおみ足が、今は短いスカートで丸見えである。

「ちょっと、何なの!? この恥ずかしい服は!?」

「ルチアさん、とっても可愛いにゃあ!」

 ミアがはしゃぐと間髪入れず、誰が弾くでもなく教会のオルガンが鳴りはじめた。寂しくも心温まるメロディに、町中の男たちが花束を抱えて集まってきた。


「ルチアが歌うぞ」

「レチアのために歌うのか」

「歌声よ、レチアに届いてくれ!」


 さよなら 鏡の私

 星の波間に眠れ

 さよなら 鏡の私

 いつか また会う日まで


 しっとりとした歌声に合わせて、マッチョな腕が黒光りするさざ波となった。誰もが瞳を潤ませて、震える唇を噛み締めている。

 すげぇな、ルチアは魔女なんだぜ。魔女の歌声が人間を、女神様までも感涙させている。この世界が変わるんじゃないか、そう思えてならなかった。


 ていうかルチアは結局ノリノリで歌うんだな、と虚無に囚われている俺に代わって、ミアが女神様に問いかけた。

「女神様、この絵は誰が描いたのかにゃ?」

『あうう、えぐ、港の倉庫のそばに暮らすルデウスというっうっうっ、男でふ、ぶぴー!……ずべっ』

 ルチアの歌に感涙しながら、女神様はくだんの絵描きを教えてくださった。それと最後、鼻をかんだな?


 ルチアの歌が終わるのを待ち、男たちの花束攻勢を更に待ち、ファンの散開を更に待って、ようやくぐったりとするルチアに声をかけられた。

「ルチアさん、あの絵を描いた人がわかったにゃ」

「倉庫のそばに暮らす、ルデウスって男だ」

「ありがとう……でも、私、疲れた……」


 そう言い残し、ルチアは花束のベッドに倒れた。散る花びらを浴びるルチアを、ミアは壊れぬように抱き上げた。

「かなりダメージを受けただろう。女神様の聖なる力に、よく耐えたな」

「ルチアさんは、頑張ったにゃん。今日は無理せず休むにゃあ」

 俺とミア、すぅすぅと寝息を立てるルチアは今日の宿屋へと向かっていった。


 *  *  *


 宿屋の玄関にも、ルデウスの絵が飾ってあった。くつろぐ場所には似つかわしくないが、やはり目を奪われてしまう。

「あっちこっちに、この人の絵があるにゃあ」

「そうなのよ、はじめは不気味だと思うんだけど、なーんか引き込まれるのよねぇ」


 宿屋の女将の声に気づいて、ルチアが朦朧と目を覚ます。ルデウスの絵を視界に捉え、疲弊した身体を強張らせていた。

「……ルデウス……」

「そうそう! お嬢さん、よく知っているわねぇ。まぁ、最近来たばっかりだけど、この町じゃあ知らない人はいないわ。この絵を見て、絵描きを目指す子だっているんだから」


 ルチアはかすれる声を絞り出し、俺とミアだけに聞こえるように囁いた。

「その子のところへ行かないと……」

「ダメにゃ、ルチアさんは休まないと……」

「その子の生命が危ないの……だから、早く……」

 ルチアはそこで力尽き、気を失うように眠りについた。

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