第87話・可愛くて御免こうむる
ルチアがキレた。
「何が【チア✕チア☆ダブルチア誕生の町】よ! 町興しなんてしてんじゃないわよおおおおお!」
「ルチア、どうどうどう」
「ルチアさん、どうどうどう、にゃ」
街入口には上記の旨が書かれた看板、その上にはスマイルどころか、ウインクまでするルチアの書き割り。そこから伸びる通りには、ルチアの似顔絵が描かれたペナントがはためいている。
そこへ現れたのは、運の悪いことにチア✕チア☆ダブルチアの仕掛け人、クリス・ボッターだ。突っ伏しているルチアを見るなり、正体を見抜いて地面を殴りつける手を掴んだ。
「ユー、帰って来てくれると思ったよ」
「帰って来たんじゃないわよ! だいたいレチアは死んだのよ!? もう、チア✕チア☆ダブルチアなんじゃない!」
「問題ないデスネー! 今日からユーはチア✕チア☆シングルチア!」
「意味わかんないわよ! 私はもう歌わない!」
首をぶんぶん振りながらズルズルと引きずられるルチアを追って、俺とミアは『ショー居酒屋チア☆チア』に向かっていった。
「あたし、お風呂入りたいにゃ」
「貸してくれるといいなぁ」
♫ ♪ ♬
夢への扉を サインで開くの
一歩踏み出せ マジカルワールド
迎えるあなたは モンスター
ドキドキするでしょ?
ワクワクするでしょ?
あなたと契約 さ・せ・て
悪魔で契約 し・ちゃ・う
だ・か・ら 私の魂 あ・げ・る♡
『チア! チア! チア! チア! ルーチーア! フゥー!』
だからどうして、ステージに立つとアイドル全開なんだ。しかもサバトで歌った新曲で、聴いている俺はドキドキどころかハラハラで、ワクワクどころか冷や汗たらたら。
しかし『悪魔で』が『あくまで』に聞こえているから、ルチアの正体がギリギリのスレスレでバレていない。
『アンコール! アンコール! アンコール!』
さよなら 鏡の私
星の波間に眠れ
さよなら 鏡の私
いつか また会う日まで
『ウワアアアアア!! レチアアアアアア!! ありがとおおおおお!!』
♫ ♪ ♬
そんなルチアの活躍のお陰で、今夜は野宿を回避出来た。ギャラ交渉もいつもの強気をルチアが発揮し折半になり、居酒屋の二階ではなくちゃんとした宿屋に泊まれた。それも最上階のスイートルーム、さすが伝説のアイドルだ。
居酒屋の二階で風呂を借りたミアは大満足だが、ルチアは小さく縮こまり、真っ赤な顔を両手で覆い隠した。
「またやっちゃった……何で私って、こうなの」
天賦の才、そう言おうとして憚っていると、窓を叩く音がした。誰なんだ!? ここは最上階だぞ!?
「魅惑するのも、魔女の務めでございます。ルチアお嬢様は、生粋の魔女でございますなぁ」
アムンだ。こんな街中に来ては危ないと、ルチアが部屋へと引き込んだ。
「どうしたのよ!? 冒険者に狙われるわよ!?」
「いえね、レイジィさんに是非ともお聞かせしたいお話がございまして」
俺に……? と首を傾げていると、アムンは一片の書類を差し出した。ゴリゴリと肩肘張った文字の癖から、羽根ペンで書いたと思われる。
その字に思い当たるものがあるようで、ルチアは軽く唇を噛んだ。
「お父さんね?」
「ええ、総裁直筆の新契約プラン案内です」
また勧誘か……と、俺は一歩引いていたが、ミアとルチアは書面を目で追っていた。
「お試し契約……?」
「それ、何にゃ?」
本命ではないものの、ふたりが興味を示したことにアムンは「どうだ」と胸を張った。ということは企画立案はアムンで、バハムート・レイラーは決裁をしたのみだろう。
「昨今の人間によるMHK契約違反の対策として、超短期契約をはじめました。魂を売るのは数日ですので、お気軽にご契約ください」
営業トークに眉をひそめたのは、ルチアだった。さすが総裁の娘にして次期総裁、目のつけどころがシャープだ。
「お気軽にって……アムン? 魔族や魔術はそんな軽いものじゃないのよ?」
しかしアムンは、背筋が凍りそうな不敵な笑みでケッケッケッ……と、肩を上下に震わせた。いつも腰が低いから忘れていたが、そういやアムンは悪魔だった。久しぶりに意識させられた。
「真のお試しは、契約者ではございませんぜ。魔族に加わるに相応しいか、我らMHKが試すのでございますよ」
その口ぶりに戦慄し、ミアが総毛立ちの爆発毛玉になってしまった。すげぇ、これ以上ないもふもふ具合だ、尻尾めっちゃ太い、触りたい。
一方ルチアは涼しい顔で「ふぅん」と軽く流して尋ねた。
「試して相応しくなかったら、地獄に落とすの?」
痛いところを突かれたようで、アムンは困り顔で狼狽えていた。そうそう、これこれ、これが俺たちのアムンだよ。
「そ、そ、そ、そこは運用しながら検討するつもりでございまして、その第一号に是非ともレイジィ様に契約して頂きたく参りましてございます、はぁ」
「まったく……詰めが甘いわね」
ルチアは呆れて、視線を夜空にフイッと投げた。アムンは肩をすくめて「いやはやどうも」と参っているが、ルチアが宵闇に浮かべているのは父、バハムート・レイラーだろう。
そしてアムンは、突き放されたルチアから逃げるようにお試し契約を俺に勧めた。
「それでレイジィ様、ご検討頂けますか?」
「それでも、はじめから死んでる俺は、どうなるかわからないんだろう? それもあってのお試し契約なんじゃないのか?」
アムンは痛いところを再び突かれ、ギクリと顔を歪めていた。返す言葉がないようで、視線を泳がせ手遊びをし「それでは、ご検討ください」と帰ってしまった。
毛玉が収まってきたミアが、お試し契約書をまじまじと見つめて呟いた。
「字、下手くそにゃ」
「汚いでしょう? 根が雑だから苦労するのよ」
そうなんだ、そういうものだと勝手に思い込んでいた。
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