第22話・二人をとめて
まぶたを開くと、遠巻きに見つめていた子供たちに囲まれていた。悲しみに暮れて潤んだ瞳は、この奇跡に感嘆して丸く開かれていく。
身体を起こす、視線が低い、紛れもなく馬に轢かれた子供の身体だ。シャツやハーフパンツは破れているが、浸っていた血の海は消え、身体をさすって傷がひとつもないと知る。
立ち上がり、子供たちの向こうへ視線を巡らす。
さあ、離れていた魂よ、帰ってこい。
しかし復活してしまったから、幽霊は見えない。悪魔と契約していれば、この子の幽霊は見えたのだろうか。
そうしていると、ミアがホーリーを背負って駆けてきた。復活した子供に気づいてポカンとし、ずるずるとホーリーを降ろして歩み寄る。
「えっ……
傷がないかと様子を覗っているミアに、俺はこっそりと話しかけた。
「ミア、俺だ。レイジィだ」
それは声変わり前の甲高い子供の声だったので、俺自身が驚いてしまった。
ミアは身体を低くして、俺の耳元で囁いた。
「憑依したのかにゃ?」
「そうだ、でもこの子の幽霊が見えないし、帰ってこないんだ。ルチアの力がいる、あとで宿主を探すように伝えてくれないか」
ミアが深くうなずくと、ホーリーが不思議そうな顔で寄り、俺をまじまじと覗き込んだ。
「馬に轢かれたのって、この子?」
「そうだにゃ、きっと女神様が助けてくれたにゃ」
慌てながらも、ミアはうまく誤魔化してくれた。お陰でホーリーは疑うことなく、感謝の祈りを捧げている。
そこへ遅れてブレイドが、そしてレスリーとアレックがいちゃいちゃと手をつないで駆けつけた。
「女神様の慈悲により、この子は助けられました。もう大丈夫そうですね」
「馬に轢かれたんだろう!? 本当に大丈夫か!?」
そう言ってブレイドは、俺のステータスを勝手に開いた。
「あっ! バ……やめてよ、勇者様」
子供らしく言ってみても、もう遅い。ブレイドは俺のステータスに愕然とし、その場で腰を抜かしてしまった。
「何だこれは……。まるで最強の冒険者、レイジィじゃないか」
そうです、まさしくレイジィです。パーティーのみんなも子供たちも、ギッシリと表示されたスキルやアイテムに興味津々だ。
するとブレイドが俺の肩をガッシリ掴んで、燃え盛る瞳で見つめてきた。切り替えが早い、ホーリーに対してもそうしてくれ。
「君、俺たちのパーティーに入らないか? 近くの城が魔族に襲われ、ダンジョンと化してしまった。君がいれば、城を取り返せるはずだ」
マズい、それはマズいぞ。俺はこの身体を宿主に返すために憑依したんだ。ダンジョンに入っている間、身体を返せなくなるじゃないか。
ていうか、その早馬に轢かれたのか……。せめて止まれよ。
そこへ助け舟を出したのはホーリーだった。何故か必死になっている。
「ブレイド、パーティーに登録出来るのは四人って決まっているじゃない。誰かを切らないといけなくなるわ」
ミアが目を輝かせて、自らを指差していた。が、無情にもスルーされ、つまらなそうにブスッとむくれてビタンビタンと地面に尻尾を叩きつけた。
戦力外かよ、やっぱり俺はミアを見捨てないぞ。
「それじゃあ……アレック、加わったばかりですまないが、パーティーを離れてくれないか」
「ダメよ! ロングレンジ攻撃が欲しくて加わってもらったのよ!?」
「なら……レスリー、レベルもそろそろ頭打ちだ。パーティーを離れてくれないか」
「ダメよ! 長く尽くしてくれたのに、そんなこと出来ないわ! 接近戦には欠かせないのよ!?」
ホーリーは目を血走らせて、いちゃつくふたりを守っている。これは、どう考えても彼女の趣味だ。すぐそばでBL展開を愛でていたい、男同志の幸せを見届けたい、そしてハァハァしていたい。
そのホーリーを切るなんて、ブレイドには惚れた弱みで出来っこない。ああどうして「キューピッドの矢」が俺たちを射止めてくれなかったのか、そうすればホーリーには家庭に収まってもらえたのに、とひとりで勝手に苦悶しているブレイドだった。
「畜生……誰をパーティーから切ればいいんだ」
「「「ブレイド」」」
「勇者でリーダーのこの俺が、どうしてクビにならなきゃいけないんだ!」
三人の息ぴったりの裏切りに、ブレイドは抱えた頭をぶんぶん振って悶えていた。ふられたマレー熊を見るようで不憫になって、俺からおずおずと申し出ることにした。
「ダンジョンとか怖いから……。勇者様たちを応援してるよ」
それにブレイドは感涙し、俺をギュッと抱きしめてきた。このパーティーを率いる勇者の苦労が忍ばれる。
「俺、頑張るからな! 君たちの未来のため、勇者として頑張るからな!! ウハァーアゥアゥ! アーッハァーッ! アヒャ─────!!」
この世界の住人、号泣し過ぎだろ。ミアもゴリラも女神様も、よりによって勇者ブレイドまで……。
このぐちゃぐちゃの状況の中、馬に轢かれた子供がいると聞いた人々が駆けつけてきて、自分の子供の無事にそれぞれ安堵していた。
「ああ……よかったわ。リベルタ……」
「本当に怪我はないのね? バイオレット」
「ラングレー、どれだけ心配したことか……」
当然俺も、知らない女に抱きしめられて、頬に涙が滲みていった。前世の俺も、粉砕されず五体満足で死んでいたら、同じようにしてくれたのか。憑依したから、この母親も助けられたのか。そう思うと視界が潤み、次第に霞んで近くの母の顔さえも見えなくなった。
「無事でよかった……本当によかったわ、ミルル」
涙は急に引っ込んだ。誰にもバレないように身体を確かめ、みるみる血の気が引いていった。
俺は、幼女転生してしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます