第23話・私のために争わないで

 ミルル復活のお礼を女神様に伝えよう、とみんなが揃って言ったので、俺は母親に手を引かれて再び教会へと向かっていった。

 後ろをチラリと覗うと「任せるにゃん」とミアが力強くうなずいて森へと去った。

 この子の幽霊をルチアと一緒に見つけてくれよ、頼んだぜ。

 ……しかし、また教会に行くのか。俺が憑依していることをバラさないでくれよ、女神様。


 弓引く形で留まっている女神様の彫像に、みんなが首を傾げていた。まぁ、当然だろう。さっき形が変わったんだから。

「あら? こんな形だったかしら」

「見て、あれは『キューピッドの弓』よ」

「きっと、縁結びにご利益があるわ。あとでみんなに知らせましょう」


 うん、ご利益はテキメンだ。秘めたる想いを露わにし、レスリーとアレックをいちゃつかせているのだから。

 成り行きでついてきた彼らは、今も熱々だ。これを目にした母親は「見ちゃいけません!」と我が子の視線を逸らしながら、ふたりを凝視しハァハァと荒い息を吐いている。

 新たなパワースポットの誕生だ! よかったね!


 彫像の足元でひざまずき、両手を組んで女神様に感謝の祈りを捧げる。そういえば女神様にお祈りするのは、はじめてだ。

「我が娘ミルルを復活させてくださり、ありがとうございます」

 心からの感謝を伝えられ、女神様は戸惑いを隠しきれない。そりゃ、そうだ。復活させた覚えがないのに、お礼を告げられているのだから。


 そこへ、勝手についてきたブレイドが顔を上げて膝立ちになり、女神様を更に困らせてきた。

「女神様! ミルルのステータスは史上最強です。彼女は魔族をひとり残らず討ち倒し、世界に平和をもたらすでしょう。どうか、俺と一緒に旅をさせてください!」

 ブレイドは、またもや俺のステータスを断りなく開いた。そういうところだよ、パーティーメンバーに見捨てられるのは。

 しかし幼女無双なんて、展開的には面白い。


 すると俺……というかミルルの母親が、俺をひしと抱きしめてブレイドをキッと睨みつけた。

「こんな幼子おさなごを冒険に出すなんて、勇者様といえど許しませんよ!」

 母親の立場からしてみれば、気が気じゃないのは理解する。が、近くの城を乗っ取られたのに、いいんだろうか。

 そういう俺も、幼女の身体を乗っ取っているが。


 ブレイドは一歩も引かない。願う先を女神様から母親に切り替え、腰を折って頼み込む。

「俺には、ミルルが必要なんだ。世界を救うため、俺に預けてくれないか!?」

 必死になるブレイドに、母親が怪訝な目を向けてきた。

「……勇者様、そういったご趣味がおありだったのですね」


 何てこった、勇者ブレイドがロリコン認定されちまった。いや、ホーリーに惚れていたのは世を忍ぶ仮の姿で、本当にロリコンかも知れない。だって、懇願している目尻が垂れている、そんな気がする。

 いざ自分が幼女になったら、気色悪くて身の毛がよだつ。たまらず俺は、母親にしがみついた。 


「お母さーん、勇者様がキモいよー」

「ほら、嫌がっているじゃありませんか!」

「ミルルがカンストで復活したのは、きっと世界を救うためなんだ。ねぇ、そうでしょう? 女神様」

 ブレイドは涙目で訴えているが、女神様は悩んだ末に騒ぎを治めるほうを選択した。


『ブレイド、パーティーは四人までというギルドの取り決めがあります。パーティーから外すのは、誰ですか?』

「「「ブレイド」」」

 また息ぴったり、しかも天丼だ。

『みなさん、天丼ですよ』

 天井から天丼が光を放って舞い降りた。だから、その天丼じゃねぇよ。


「女神様のお恵みよ!」

「ちょうど献立に迷っていたのよ」

「あの、すみません。夫の分も頂けませんか?」

 喧々けんけんとしていた母親は、主婦の手間が省けたことに感謝してブレイドとの争いをやめにした。世界に平和をもらたすのは勇者でも俺でもなく、天丼じゃないかと思ってしまう。

 これ、魔族にも通用するのか?


 流れが変わったのをこれ幸いに、俺はブレイドに断りを入れた。

「勇者様、さっきも言ったけど応援するから、冒険頑張ってね」

「ありがとう、ミルル。大きくなったら一緒に冒険しような」

 社交辞令の返事に、つい考え込んでしまう。その大きいの基準とは、ロリコン的に何歳から何歳までか、と。


 しかしまぁ、みんなが言うとおりブレイドがクビになれば、幼女的には安心だ。レスリーとアレックは男同志でくっついているし、ホーリーは紅一点でBL好きだ。

 やっぱり、パーティーに加わるならばブレイドはクビだ。さようなら、ブレイド。ありがとう、ブレイド。お前に代わってこの俺が、チート幼女勇者として無双する。


 いや、ダメだダメだ。冒険の最中にミルルの魂を見つけたら、この身体を返せないじゃないか。俺はそれまで、ミルルになりすましていなければ。

 とりあえず、ミルルの記憶がないのを誤魔化す。

「うっ、頭が。どうしよう、色々思い出せないわ。これじゃあ冒険なんて、とても出来ない」

「まぁ、可哀相に。そういうわけで、ミルルは冒険に出せません」

「ごめんなさい、勇者ロリコン」

「俺の名前はブレイドだ!」


 勇者たちを諦めさせて、天丼が冷めないうちにと家路についた。

「ところで天丼って、何かしら」

「ご飯の上に天ぷらが載って、天丼……」

「まぁ、天から賜った丼じゃないのね? ミルル、どこで覚えたの?」

 ヤバいヤバい、言動に気をつけなければ。そして一刻も早くミルルの魂を見つけなければ。

 身体は幼女、頭脳は大人、なりすましは困難だ。

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