第24話・あなたの魂どこですか

 さて、どうやってミルルの幽霊を探すかだ。朝、俺は目覚めるなり母親のもとへ向かっていった。

「草原に行けば、何か思い出すかも知れないわ。お友達と行くから大丈夫よ、お母さんは川に洗濯しに行って」

 そう棒読みで誤魔化して、森との境目でルチアとミアと落ち合った。俺から憑依したことに、ルチアは上機嫌でニコニコしている。


「ミアから聞いて森を探し回ったんだけど、どこにもいないのよ。復活しても帰ってこないんだから、そのまま身体をもらっちゃえば?」

「ダメだよ、きっと迷子になっているんだ。ちゃんと身体を返さないと」

 するとミアが眉間にしわ寄せ首を傾げて、何の気なしに呟いた。

「あれ? ホーリーさんを待っていれば、ミルルちゃんの幽霊を探さずに済んだのかにゃ?」


 痛いところを突かれて、俺はうめいた。確かに、そのとおりだ。早まったとしか言いようがない。

「でも俺は、居ても立っても居られなかったんだ。俺も同じように死んだから……」


 拳を握って地面を睨むと、ルチアが屈んで視線を合わせた。それは優しくも力強い眼差しだった。

「私は、その判断が好き。望んで願って待っているだけなんて、つまらないじゃない?」


 ミアも屈んで、眼差しを送った。大きな瞳は慈愛に満ち溢れていた。

「あたしは何度も死んだけど、レイジィみたく復活に思いを込めてくれるのが嬉しいにゃ。もう、道具みたいに復活させられるのは、嫌だにゃ」


 ルチアとともに時間をかけて身体を治し、ミアの考えも変わってきたんだ。つらかったんだね、と俺がミアの頭を撫でると、つらい思いをさせちゃってごめんね、とルチアはミアの肩を抱いた。

 ミアは瞳を潤ませた雫を振り払い、前進しようと立ち上がった。


「まだちっちゃい子だから、お家に帰っているかも知れないにゃん。今度は町を探すにゃん!」

 やる気に燃えるミアであったが、ルチアは小さく「うっ……」とうめいて引きつっていた。この中で幽霊が見えるのはルチアただひとり、町には人目を盗んでちょっとだけ入るくらいが限度、町歩きなどしたら捕えられて火炙りだ。


「大丈夫、あたしに考えがあるにゃん。いでよ! 可愛いドレス!」

 ミアが空に手を伸ばす。すると天から、ピンクでフリフリの少女趣味的なドレスが舞い降りてきた。【状態】魅了に陥れるスキルを身につけられるが、防御力は皆無である。

 それをミアは、はにかみながらルチアへ渡した。手にしたルチアは、ポカンとするばかりである。


「可愛いから、つい買っちゃったにゃ。あたしには似合わないから、ルチアさんにあげるにゃ」

「え……? あ、ありがとう……」

「そうか、黒衣でなければ魔女だとバレない。この服を着れば、町歩きをしてミルルの幽霊を探せる」

「早く着るにゃん! ミルルちゃんの幽霊がいなくなっちゃうにゃん!」

 ミアはルチアの背中を押して、木を目隠しにして着替えさせた。見た目は幼女でも中身は成人男性である俺は、紳士的に見張りをする、が……。


「にゃにゃ!? ルチアさん、結構……」

「ちょっと……あんまり見ないでよ」

「にゃにゃん!? これは凄いにゃ」

「当たってる、当たってるって」

「ほにゃー、羨ましいにゃあ」

「あ、やめ、ちょっ、あっ」

 

 気になる、気になってしょうがない。頼む、頼むからミアもルチアも黙っていてはくれないか。

 隠れている木を伺うと、ルチアの黒衣が枝に掛けられ、しばらくしてからドレスが消えた。

 考えるな、余計なことは考えるな、俺は幼女だ、お姉さんの貞操を守る、お利口さんな幼女なんだ。


「終わったにゃ」

 着替えが済んで、ゴキゲンのミアに引っ張り出されたルチアを目にして、俺は言葉を失った。


 色白で顔立ちのいいルチアには、ドレスが似合いすぎていた。レースやフリルに飾られたピンク色に赤目が映える。長い黒髪も心なしか、椿油を塗ったようにしっとりと艶めいている。恥じらい目を伏せ唇を結んでいる様が、やんごとなきご令嬢といった雰囲気を醸し出していた。

 魅了の効果は、ルチア自身によって何倍にも増していた。


「レイジィ、どうかにゃ?」

「……可愛い……。可愛いよ、ルチア!」

「やめてよレイジィ、恥ずかしいんだから」

「この格好なら、魔女に見えないから安心だにゃ。さっそくミルルちゃんを探しに行くにゃん!」

 戸惑うルチアの手を引いて、ミアは町へと向かっていった。俺はあとをついていき、ミルルの家へと案内をする。


 町の外側、貧しい人々が暮らす地域に建っているミルルの家。両親ともに働きに出ているから、無人である。盗まれそうな高価な品がないせいか、鍵はかかっていなかった。

「……いないね」

「まだちっちゃいのに、いつもお留守番しているのかにゃ?」

「あのときみたいに、子供たちだけで過ごしているようだな」


 草原で花摘みをしていたのは、同じような境遇の子供たちで集まって、親の帰りを待っていたのだ。家にいなければ、いつもの仲間たちのそばにいて、気づかれずに寂しい思いをしているかも知れない。その子供たちは今どこにいるのだろうか。


「町のみんなが困ったとき、頼りにするのは教会だにゃん!」

 うげっ、またあのポンコツ女神様のところへ行くのか。そう思ったのは、俺だけではない。ルチアは整った顔を歪めてヒクヒクと引きつっていた。

「き、教会ぃ? この私が?」

「今回は女神様を頼るわけじゃないからな。ミルルの幽霊を探しに行く、それだけだ」

「ミルルちゃんのためにゃ! ルチアさん、お願いにゃ!」


 自分にも言い聞かせた説得と、ミアの必死の懇願に負け、ルチアは折れた。

「わかった、わかったから、私からもひとつお願いしていい?」

「何だ? ルチア、話してみろよ」

「レイジィ、見た目に合わせて喋ってくれない?」

 心まで幼女になりそうで抗っていたが、やっぱりダメか……。

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