第77話・走れ走れいすゞはエルフ

 スマホを握って鼻をツンと掲げたミアは、エルフのいすゞとつながったそばから「にゃ!」と驚き、尻もちをついた。

『ミア殿!? 助けてほしいでござる!』

 画面には、号泣するいすゞがいっぱいに映った。助けを求めたつもりが求められて、ミアもルチアもキョトンとしている。

 侍言葉ということは、いすゞはヲタクモードだと俺は冷静に分析をした。


 お人好しのミアは、泉の枯渇そっちのけでいすゞを心配しはじめた。

「いすゞさん、どうしたにゃん? お腹空いたのかにゃん?」

 ミアの悩みは空腹以外にないのか。

『違うでござる! 拙者が作ったアレ✕スリの水晶細工も、ヒノが描いたアレ✕スリ本も、発表の場がないでござるよおおお!』


 あれを世に出そうというのか、俺はドン引きしてしまった。だが、教会を通じて世界中の女子が夢中になっているから、需要があるのは間違いない。

「エルフの里で発表しているじゃないのよ。あとはホビットの集落とか」

『隠れ里に人を集めたくないでござる! ホビットはアレ✕スリに興味がないでござる! チア✕チア☆ダブルチア本なら、ホビットの許しを得られるでござるが……』


 ルチアは真っ赤になって目を吊り上げた。女神様のルチア動画は削除しましたが、チア✕チア☆ダブルチアは永久に不滅です。拡散って、恐ろしいな。

「そんな本、絶対に許さないんだからね!」

『ルチア殿の活躍ぶりには、拙者もヒノ殿も目を見張っていたでござるよ。フンスフンス』

「出してみなさい、私がこの手で焼き尽くしてやるんだから、焚書焚書ふんしょふんしょ


 変な対抗をするんじゃない、ルチアまでおかしくなってしまう。


「教会でやったらいいにゃ」

『人がいっぱいいるところは、怖いでござるよ! 誰もいないところで、アレ✕スリの同志を集めたいでござるよ!』

 引きこもりエルフの心情とは、こうも複雑なものなのか。わがままな要望に呆れ返った、その瞬間。俺はピンとひらめいた。


「いすゞ、同志を集めるためならば、どんなところでも来てくれるか?」

『レイジィ殿、あてがござるか? 願いが叶う場所ならば、たとえ火の中、水の中にござるよ。フンスフンス』

「だったら、丁度いいところがある。ルチア、港に行くぞ」


 スマホをいすゞとつないだまま港に向かい、画面に大屋根を映してみせた。

「どうだ? これだけの広さなら、同志を募るのにピッタリだろう?」

『人もいないし、日除けはあるし、港ならば同志が集まるのにピッタリで御座候! フンスフンス!』

 画面の向こうでエルフのいすゞは大興奮だ。瓶底眼鏡で見えないが、瞳はキラキラ輝いているに違いない。


 今度は、町にスマホを向けるようルチアに頼む。空き家がズラリと並んでいるが、これが同志を募るのに好都合だ。

「この空き家に泊まるといい。たくさんあるから、たくさん集まっても大丈夫だ。ただ食料や水は自分で調達してもらうことになるな、魚は獲れるが水や他の食材が少ないんだ」

『お安い御用だ、でござるよ。たくさん持ってくるでござる、フンスフンス』


 多少は難色を示されると思っていたのに、エルフのいすゞは乗りに乗っているじゃないか。それなら協力してくれるかも知れないと、ひとつのお願いを申し出てみた。

「町を提供する代わりに、樽いっぱいの水を持ってきてほしいんだ。すっかり浅くなった泉に捧げて、精霊を呼びたいんだよ」

『任せるでござる、エルフの里は水が豊富で御座候、フンスフンス』


 話は決まった、これで東の港は救われる。俺たちはホッと安堵して、スマホ越しのいすゞからは鼻息しか聞こえない。

『フンスフンスフンスフンスフンスフンスフンス』

「それじゃあ待っているからな。頼むぞ、いすゞ」

『フンスフンスフンスフンスフンスフン』ブチッ。


 それから俺たちは岸壁で魚を釣って、大屋根の下で爺さん婆さんと一緒に食事して、適当な空き家で一晩を過ごした。


 そして迎えた、翌朝。


 ズドドドドドドドドドドドドドドドドドド……。


 砂漠を強く踏みしめる無数の足音で、俺たちは目を覚ました。怒涛は次第に近づいていき、ガバッと起してキョロキョロする俺たちを家ごと揺らした。

「何の音だ……?」

「まさか、奇襲!?」


 ネグリジェ姿のルチアが身構え、手の平に瘴気を募る。どす黒い魔弾の表面に、トカゲのような電撃がのたうち回る。

 と、ミアが窓から顔を出し、晴れやかな顔で腕を振った。

「ダチョウの群れだにゃ。きっと、いすゞさんたちだにゃ!」


 確かに砂塵の先頭は、横並びで爆走するダチョウの群れ。その長い首のすぐ後ろには、白いローブを身にまとうエルフたちが跨っていた。


「もう来たのか!? 早くね!?」

「見て、両脇にすっごい荷物……」

「いすゞにゃーん! エルフのいすゞにゃーん!」


 エルフたちは町の手前でダチョウを止めて、両翼に下げた大量の荷物を地面に降ろした。等身大人形1分の1フィギュアを持参したいすゞのほかは、みんな四角い包みだ。

 包みの中身は大量かつ多種多様な薄い本、それらがすべてアレ✕スリ本だと思うと、恐ろしく感じてしまう。


「レイジィ殿、恩に着るでござる。フンスフンス」

「すげぇな……みんなが持ってきた荷物、全部アレ✕スリ本なのか?」

「いいや、これは紙でござるよ。ここで印刷、製本するでござる。フンスフンスフンスフンスフンス」

 しかし、そんな機械や道具はどこにもない。この世界の印刷製本技術とは、一体どうなっているんだろう?


「ところで……水は?」

「製本が先でござる! イベント最優先に御座候! フンスフンスフンスフンスフンスフンスフンス!」

 場所を貸してくれるんだから、と諌めようとしたものの、エルフたちはさっさと荷物を担いで、それぞれ空き家に引きこもってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る