第78話・知の精霊よ聖なる力を
せっかくだから、俺はこの世界の印刷製本技術を見せてもらうぜ! と、エルフのヒノが借りている空き家にお邪魔させてもらった。
「まず、拙者が作った本を用意するござる」
テーブルに置かれたのは手書きの、当然だったがアレ✕スリの薄い本だった。うっとりと見つめ合うアレックとレスリー、ペラッペラなのに熱量が半端ない。
「おおっ! そっくりだにゃ!」
「た、確かに似てるわね……」
「うん、見たまんまだな……」
褒めちぎられたヒノはデュフデュフしてから白紙で床を埋め尽くし、何やらブツブツと詠唱をした。
「……知の精霊よ、聖なる力を与えたまえ……」
すると部屋が、まばゆい光に包まれた。たまらず俺たちは手で顔を覆い、光が次第に薄れていくのをひたすら待った。
もう目を開けられると思った頃に、俺たちの耳をかすかな音がくすぐった。
カリカリカリカリカリカリカリカリカリ……。
シャッシャッシャッシャッスーッスーッ……。
ペタペタペタペタスイッスイッペタペタ……。
ゆっくりとまぶたを開くと、たくさんの精霊が筆を執ってヒノが描いた絵を模写していた。舞い踊るように線を引き、影をつけて、色を塗り、手書きと寸分たがわぬ表紙絵が、またたく間に描かれる。
神々しく可愛らしい精霊たちが、アレックとレスリーが絡み合う絵を描く様は、何ともシュールだ。
「上手にゃ! 早いにゃ! あたしの【速さ】でも敵わないにゃ!」
「そ、そうね。ところで私、ちょっと気分が……」
精霊の聖なる力に、ルチアは当てられたらしい。適当なところで、おいとましたほうがよさそうだ。
だがミアは、夢中になって精霊の筆致を見つめている。まさかミアまでBLにハマらないかと、気が気でならない。
「あたし、もっと見たいにゃ!」
「デュフデュフデュフ。本編は白黒でござる、影や光の表現は、
表紙絵が終わり、ヒノは本をペラッとめくった。
「おおおおお!? これ何なのかにゃあああああ!?」
「ミアは見ちゃダメだ! 5歳には早すぎる!」
「お邪魔になっちゃうから、もう出ましょう!?」
1ページ目から、アレックとレスリーのドギツい絡みがはじまっていた。
ルチアが空き家から引きずり出しても、カリカリという筆の音に誘われて、ミアは空き家に首を突っ込む。
「これ、何を握ってるにゃ?」
「ミアは見ちゃダメ!」
「これは何を食べてるにゃ?」
「ミアは見ちゃダメ!」
「ぷっぷー、レスリーのお尻だにゃ」
「ダメダメダメダメダメ──────!!」
ミアを引き止め、絡みを目にして、知の精霊が聖なる力で模写をした、痴と性なる力の数々にルチアはすっかりやられてしまった。
「ミア……本はもう十分見たでしょう? ハァ……ハァ……」
「えぇ~!? 精霊さん、もっと見たいにゃあ!」
「それじゃあ、いすゞのところへ行こう。精霊の力に頼っていないはずだ」
ということで、俺たちはいすゞが借りる空き家へ向かった。水晶細工は完成しているだろうから、何をしているのかも気になった。
だが、そこにも精霊がいた。ルチアは「げっ!」と玄関先まで後ずさる。
「あら、どうしたの?」
様子がおかしい。アレ✕スリまみれの環境に身を置きながら、フンスフンス御座候が聞こえない。
いすゞは椅子にかけて背筋を伸ばし、テーブルに原稿とアレ✕スリ本を並べていた。背後には、水晶で作った絡み合うアレ✕スリが飾られている。瓶底眼鏡はかけておらず、麗しい笑みをたたえている。
精霊は、その正面でふよふよと浮いていた。
「それ、何の精霊にゃ?」
「これは映し身の精霊よ、まぁ見てて」
精霊は光を放ち、いすゞを明るく照らし出した。それを合図にするように、いすゞは精霊を真っ直ぐ見つめて弾むように喋りだす。
「アレック✕レスリーカップリングを愛する、世界中の淑女に朗報です! アレ✕スリ・オンリーイベントを、東の港にて開催いたします! 私たちが心を込めて形にした、あんなアレックこんなレスリーが盛りだくさんのイベントです。皆様をお迎えするため、こんな本やこんな本の製本を現地にて行っています。会場は東の港の大屋根、開催期間はご覧のとおり、この水晶で作られた等身大のアレ✕スリが目印です。淑女の皆様、ぜひお越しください!」
映し身の精霊は光を消して、いすゞに向けてスクリーンを浮かばせた。そこにはアレ✕スリイベントを告知するいすゞの姿が映し出された。
「ここに『緊急告知』って入れてくれる? それで私が『東の港にて』って言ったら、ババーン! と『アレ✕スリ・オンリーイベント開催!』って……そうそう、お利口ね」
真剣に動画編集しているが、まさかこれを……
「いすゞ、ひょっとして教会で流すのか?」
「ええ、もちろん女神の了承を得てからね」
いやいや、先に承認を得るべき人がいるだろう。
「今更だけど、アレックとレスリーの了承を得なくていいのか? イベントとなれば、個人の趣味じゃ収まらないんだから」
いすゞは真っ赤になって、もじもじと身悶えた。男同士が絡み合う彫像を作っているとは思えない、乙女の仕草だ。
「それって、私がアレ✕スリと直接交渉をするってこと!? そんなの、そんなの……恥ずかしいわ!」
「大丈夫、もっと恥ずかしいことを既にしている」
「本人の許可は取らないと。無断で公開なんて最低よ、死ねばいいのに」
「あたしが呼んであげるにゃ」
ミアはスマホで、ブレイドたちパーティーを呼び出した。
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