第79話・許してください

 スマホの画面に映ったのは、呼び出したアレックでもなくレスリーでもなく、天下一品評会の闘技場だった。

『何が勇者じゃワレェ! 鎧なんぞで身ぃ固めて、ビビッとんのかコラァ! 男やったらサラシで十分じゃあオラァ!』

 ホンマモンのコレモンと対峙し、ブレイドは腰を抜かして歯をガチガチと鳴らしていた。さすが優勝候補、迫力が違う。


「アレックさぁん、レスリーさぁん、あたしにゃ」

『あら、ミア? どうしたの?』

 応答したのはホーリーだった。魔力を備えた僧侶だから、ミアの呼び出しに応えたのだろう。


「エルフのいすゞさんが、アレックさんとレスリーさんと、お話したいって言ってるにゃ」

『あら、そう……。ごめんなさい、ふたりとも宿の建て直しを手伝っているの。言伝ことづてがあるなら、私が聞いておくわ』

 ルチアは引きつった笑みを浮かべながら、スマホが映さない範囲にスリスリと逃げた。


『今の人……どこかで……』

「(気のせいって言っておいて)」

「気のせいにゃ!」

 今度はミアが、ホーリーから逃げるようにスマホをいすゞに押しつけた。


『まぁ……エルフ。私などに如何なるご用件が?』

 いすゞはヲタクが出ないよう、咳払いをしてから粛々とホーリーに願い出た。

「私は、いすゞと申します。東の港で、エルフの祭を開くのです。それが……その……」

 画面越しの敬虔そうな聖職者に、いすゞは視線を逸らして躊躇ったので、俺はその背中を押した。


「いすゞ、自身を持て。彼女なら大丈夫だ」

 意を決したいすゞは、力強くうなずいた。アレ✕スリ本を両手で掴み、目をギュッと閉じてスマホに映した。


「こんな本を、世界中に広めたいのです!」


 ホーリーを映したスマホの画面が、一瞬で真っ赤に染まった。画面は一筋また一筋と景色を映して、ダラダラと鼻血を垂らすホーリーを捉えた。


『いけないわ、こんな本、いけないわ、ハァハァ』

「この世にあっては、いけませんか!?」

 いすゞは、必死のあまり涙ぐむ。するとホーリーは自身の発言を大慌てで取り繕った。

『違うの! 違うのよ! これは……聖職者として精査しなければいけません。一冊ずつ改めるので、ぜひとも開催してください。えへっえへっえへへ』


 向かい風をよそおう追い風に歓喜して、いすゞは自慢の等身大人形1分の1フィギュアをスマホに映した。

「会場は港の大屋根、私が作った彫像が目印です」

『いけないわ! たまらないわ! 必ず行くわ!』

 剥いた目を血走らせ、鼻血をダラダラ垂らすホーリーがスマホの画面を覆い尽くした。


「そこで、お願いがあるのです。彫像の公開と本の販売、このイベントを開催する許可を、アレックとレスリーから取って頂きたいのです」

『私に任せて、嫌だなんて言わせない、必ず許しを得てみせるわ。そうよ、アレ✕スリ動画配信の許しを得て復活させる。私は女神様に帰依する僧侶よ、復活を祈るのは私の勤め、ハァハァハァハァハァ』

「動画配信復活でござるか!? たまらんでござる! 私からも頼むでござる! フンスフンスフンス!」


 つないだのがホーリーで、よかった。どさくさに紛れて動画配信まで復活させるようだが、世界中のアレ✕スリ女子が狂喜乱舞するだろうし、イベントの追い風となるのは間違いない。

 まぁ、これがアレックとレスリーだとしても……


『アレック、恥ずかしいぜ……』

『人目を気にしたことなんかあるか? レスリー』

『でも、こんなにたくさんの……俺たち……』

 乙女のように恥じらうレスリーは、潤む瞳を画面から逸らした。いたずらっぽい笑みを浮かべたアレックは、レスリーの厚い胸板にそっと触れた。

『バカだなぁ、俺たちを世界中が祝福してくれる、そういうことだぜ?』

『……アレック……』

 鼓動に触れたアレックは、その指先で小さな果実を転がした。頬を染めたレスリーは、漏らした吐息でアレックに応えた。

『片っ端から本を買って、同じ夜を過ごそうぜ』

『アレック、東の港に行くのか』

『行くのは東の港だけじゃない【以下自主規制】』


 いやいやいやいや、直接交渉だったらエルフたちが興奮し、東の港が鼻血の大惨事に沈んでしまう。やっぱりホーリーの仲介で、よかった。

 交信を終えると、ルチアが玄関陰から苛立つ顔を覗かせた。

「もう終わった? そろそろ泉に水をあげたいんだけど」

「そうだよ、空き家も会場を貸してくれるんだ。町へのお礼として、泉に水を捧げないと」

「あら、そうだったわね。嫌だわ、私ったら大事なことを忘れて、つい夢中になっちゃったわ」


 自重しろと自嘲するいすゞを連れて、精霊の話をしてくれた爺さんも呼び出し、俺たちは樽いっぱいの水を泉に捧げた。すると爺さんが言ったとおり、枯れた泉から精霊が浮かび上がった。

「おお、泉の精霊よ! 東の港の繁栄のため、泉を溢れんばかりに満たしてくだされ!」


 しかし泉の精霊は、見るからに怒っていた。眉間にしわ寄せ、目を吊り上げて、ギリギリと歯を食いしばっている。

『そなたらは、この東の港で何をする気じゃ』

 すべての生命に関わるからか、泉の精霊はほかの精霊とは違って強気だった。神に近い存在なのか、エルフのいすゞも下手に出ている。


「私たちは、こういった世界を愛する人々に救いを与え、広めようとしているのです」

 いすゞが恐る恐る差し出したアレ✕スリ本を、泉の精霊は奪い取った。しかめっ面でパラパラと速読すると、呆れてポイッと放り投げた。

『こんな破廉恥な本、許すわけがなかろう! 泉は絶対に潤さぬ! いかがわしいイベントは、この町もろとも廃れるがよい!』


 町の窮地を脱するはずが、急転直下の大ピンチに陥った。アレ✕スリオンリーイベントが、東の港を終焉させてしまうのだろうか。

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