第106話・チートスキルが使えない!
魔女船長の船を降り、大きな魚を一匹担いで東の島の路地裏へ、ミアが潜り込んでいく。借金を返し終えたゲイスはルチア母のおもちゃになったから、その穴埋めにとミアは漁師にジョブチェンジした。
大好きな魚をたくさん獲って、こうして魚をもらえるから、ミアは満足そうだ。
姉御肌の魔女船長は頼りになるし、ほかの漁師はミアを妹のように可愛がってくれるし、色恋沙汰は漢同士でよろしくやっているから、安心してミアを船に乗せられる。
「ただいまにゃー! 大きいお魚もらったにゃ!」
機嫌よく玄関を開けたミアを迎えたのは、魔女の知識をフル活用し、薬師として活躍しているルチアだった。完全天然由来が評判で、あちらこちらから買いつけにやってくる。
「すっごぉい! こんなに大きかったら、三人でも食べ切れないわね……」
「あたしが全部食べるにゃ!」
盛り上がっているふたりの声に誘われて、仕事を切り上げ自室から玄関を覗き込む。するとミアが俺に駆け寄り、でっかい魚を鼻先にまで突きつけた。
「どうにゃ!? あたしが獲ったにゃー!」
「本当にでっかいな。お稲荷様にご飯をもらって、丼ぶりにしてもよさそうだ」
「まんままんま! お稲荷様もお誘いするにゃ!」
ミアは台所に魚を置いて、闘技場裏の祠に走っていった。まったくミアは忙しない……忙しないが、とっても楽しそうだ!
「それじゃあ、魚は俺がさばくか! 気晴らしにもなるし」
伸びをして声を絞り出すと、いたずらっぽい笑みを浮かべてルチアが覗き込んできた。
「人の次は、魚をさばくのね?」
裁きの次は
ついでに、まだ迷いがあって踏み切れない裁きについて、魚をおろしながらルチアに問うた。
「魔族の間で人気が出て、ルデウスの絵が高騰しているんだ。地獄から引き上げて絵筆を取らせようと思うんだが、ルチアはどう思う?」
ルチアはちょっと考えてから、パッと明るい顔をした。その奥には含み笑いが垣間見えて、俺の背筋が凍りついた。
「いいんじゃない? ただし、MHKと契約させてね。悪魔が取り憑いたような絵が、私は好き♡」
「そ、そうか……今度は余計なことをしないよう、釘を刺しておかないとな」
「一度、地獄に堕ちたら大丈夫よ。ところで、あれは? えーっと、ロリコーン」
「ダメだ、きっちり満期まで地獄に堕ちてもらう」
ロリコーン……じゃなかった、ブレイドは地獄で美少女ヘルに夢中のようだ。「ざーこざーこ♡」と罵られ、恍惚とした表情を浮かべているから、満期まで堕ちていても問題ない。ミルル、いい娘に育つんだぞ。
魚を三枚おろしにしたところで、ミアがお稲荷様を連れてきた。狐耳と尻尾をピンと立てて、大きな吊り目をキラキラさせて、いそいそと家に上がってくる。
「大っきいお魚! 僕も食べていいのかな!?」
「もちろん! その代わり、お願いがあるのよ」
「これでしょ? はい!」
稲荷
「ふにゃあ〜。お稲荷様のご飯が一番美味しいにゃあ〜」
「まぁね! 僕はご飯の神様だもん! そうそう、お手紙が届いてたよ」
受け取った手紙を開いたルチアは、顔を渋く歪ませた。美少女を台無しにさせるのは、ふたつのうちのどちらかだ。
「ホビットから、また
「……アレ✕スリグッズに続こうとしているな?」
アレ✕スリと聞いて黙っていないのは、よりにもよってお稲荷様とミアだった。ふたり揃ってぴょんこぴょんこと跳ねている。
「すっごい人気にゃ! 魔族ダンジョン、女の子で大行列にゃ!」
「コレモンバトルの賞品にもなったんだ! 女の子のプレイヤーが増えたんだ。でもアレ✕スリグッズって、どんなのかなぁ?」
「「お稲荷様、出来たよ! ご飯ご飯!!」」
俺とルチアがご飯で釣って止めたから、お稲荷様は不満そうにぷぅっと頬を膨らませていた。見た目も中身も子供っぽいから、ついついアレ✕スリから遠ざけてしまう。
すると、ミアのスマホが「しくしく」と泣いた。ハッキリ「しくしく」と聞こえるのだから、声の主がすぐにわかった。
女神様だ、チア✕チア☆ルチアグッズに埋まって号泣している。
『どうぢで
「ちょっと何言ってるのかわからない、二重の意味で」
俺がドン引きしていると、ルチアが「べぇ」っと舌を出して交信を切った。
「ああー! 女神様とお話したかったにゃあ!」
「いいのいいの。どうせまた『ライブやって』とか『動画を許可して』とか言うんだから。それより、今はご飯が優先!」
ご飯と聞いて、ミアは早々に白旗を上げた。俺とルチア、ミアとお稲荷様でテーブルを囲み『いただきまーす!』と、刺身丼に箸を伸ばした。
これが俺の毎日だ。悪い奴を地獄に堕とし、必要に応じて釣り上げているが、それはバハムート・レイラーから継いだ総裁の仕事。女神様から授かったチートスキルは、使っていない。
世界が安定しているから、使う場面がないのだ。
もしかしたら、魔族と女神様の聖なる力を持つ俺が本気を出すとヤバいから、と大人しくしているのかも知れないが、そんな緊張感もない。
でも、チートの俺が世界最強ではないと、俺自身が実感している。
丼ぶりの底を箸で突いているうち、俺とルチアの肘がコツンと当たった。
「「あ、ごめん……」」
互いの声が重なると、ルチアは口をつぐんで頬をほんのり染め上げた。
すると俺が握っている箸が、俺の頬をつまみ上げガスガス突いた。そして俺の口から、低く野太い声が重々しく発せられた。
『貴様……我が娘に何ということをしてくれる』
「すみません、すみません、お義父さん」
『もう一度言ってみろ、冗談では済まされぬぞ!』
「痛い痛い痛い痛い! すみませんでした! バハムート・レイラー様! 痛い痛い痛い痛い痛い!」
俺は涙目になりながら、俺が身体に取り込んでしまったバハムート・レイラーに誠心誠意謝った。
チートの俺でも、俺自身には敵わない。
女神様、大切なものをお忘れです 〜チートスキルが使えない!? 流され僕の異世界転「死」 山口 実徳 @minoriymgc
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