第94話・道を疾走るのよ

 離れたはずの帆船は必死に翼をもがいて飛んだ。ルチアが放った旋風が船底を大きく傷つけたから、飛んで追いかけるしかない。

「やっぱり飛ぶと速いわね……」

「船長、もっと速く出来ないか!?」

「これで、あたいの目一杯だよ!」

「あたしの【速さ】をあげるにゃ!」


 舵を取る魔女船長にミアがぴっとりくっついた。女王様気質の魔女船長が目を丸くしてドギマギしていて、ちょっと可愛い。

 グンッ! と船首が跳ね上がり、必死に翼を羽ばたかせている帆船を一気に離す。


「ぶっちぎったにゃ!」

「このまま本部まで行こう!」

「もう十分だから、離れなさいよ」

「船長! 前! 前! 前─────!!」


 俺の注意も虚しく漁船は、東の島の砂浜へと乗り上げた。凄まじい勢いは失われず浜を抜けて目抜き通りへ、闘技場へと突っ込んでようやく止まった。

「カチコミじゃあ!」

「何じゃワレェ!」

「あんた危ないじゃないの、私が死んだらどうするつもり? この船の責任者は誰よ、誠意ってものを形にして見せてくれないと」

「ぐだぐだうるさぁい!!」


 ルチアは、モンクレイマーをぶん殴った。鼻血をなびかせ吹っ飛んでいくおっさんに、プレイヤーもコレモンも拍手喝采。みんな、こいつが嫌いだったんだな。

 そのとき、ペナルティを課す笛を鳴らして審判が俺たちの前まで駆けつけてきた。


「君たち! コレモンに手を出すのも反則だよ! そもそもコレモンは!? プレイヤーじゃないよね!? だったら観覧料を支払わないと!」


 退場で結構、ぐずぐずしているとロンリー冒険者たちが押しかけてくる。ただし事務所でお説教は、勘弁だ。俺たちは先を急ぐのだ。

 俺はミアに耳打ちをして、プリプリと怒る審判に告げさせた。

「あたしたちのコレモンは、もうじき来るにゃ!」

「よし、裏口から逃げるぞ!」


 真正面の入場口へと走っていくと、入れ替わりに帆船が闘技場に着陸した。コレモンたちは、獲物が来たと言わんばかりに襲いかかる。

「誰じゃあ! きさんらは!」

「光りモンをチラチラさせんなやオラァ!」

「あんさん、ギルド保険とギルド年金、えらい滞納してまんな!? 証文はこの紋田民四郎もんだみんしろうが買い取ったさかい、キッチリ切り取らせてもらいまっせぇ! もちろん利息は、トイチやでぇぇぇ?」

「ぎえええええ! 紋田はぁぁぁぁぁん!」


 コレモンの怒号と会場の熱気、冒険者たちの悲鳴を背に受けて闘技場をあとにする。そこには小さいながら鬱蒼とした森、それに埋もれて祠がぽつんと建っていた。

 そして、巫女装束に狐耳の幼そうなお稲荷様が、祠に腰掛け退屈そうに脚をぶらぶらさせていた。俺たちに気づくとパァッと明るい顔になり、瞳をキラキラ輝かせた。


「来てくれたんだ! お陰で、みんなが遊びに来てくれるようになったんだ! 僕はお稲荷様だから、お願いをすぐに叶えてあげられるんだ。何かお願いはないかな?」

 世界平和と言いたいところだが、崩壊寸前の旅館をご飯粒で直すお稲荷様だ。スケールの大きい願いは無理がある。


「お腹空いたにゃ!」

「はい、ご飯あげる」

 稲荷宝珠ほうじゅをパカッと開けて、ほかほかご飯を差し出した。ミアは尻尾を立てて受け取って、うまにゃうまにゃと食っている。


 ご飯を受け取ったルチアと魔女船長は、困惑しながらお稲荷様に申し出た。

「私たち、MHK本部に急いでいるの」

「この北にある大きな島だよ、わかるかい?」

 お稲荷様は眉をひそめて首を傾げた。コレモンの流行さえ知らなかったのだから、無理もない。


 しかしケモ耳同士で気が合うのか、懸命かつ簡便なミアの説明で、お稲荷様はだいたい理解した。

「ドラオさんに乗って、ひとっ飛びにゃ!」

「ドラオさんはお家が大変だから、しばらく来ないって言ってたよ?」

 きっとMHK本部の防衛に加勢したのだ。ほかの魔族も同じようにMHK本部を目指しているはず、それが証拠に魔女船長も一緒に考えてくれている。


「そいつは困ったね、あたいの船は陸に乗り上げちまったし、子分を回収しないといけない」

「もう日が暮れるよ? 温泉旅館に泊まったら?」

 美女と美少女の温泉イベントキタ─────!! などと言っている場合ではない。のんびりと温泉に浸かっていたら、バハムート・レイラーはブレイドたちに倒されてしまう。ルチアだって、苦々しく爪を噛んで……。


「くっ……温泉かぁ……」

「親のピンチと温泉を天秤にかけるなよ! 鬼か!? 悪魔か!? そうか魔女か、そうだった」

「ブレイドさんたちの様子を見るにゃ!」


 ミアがスマホを取り出して、女神様チャンネルを開く。パーティーに映し身の精霊がついて行ってるようで、ブレイドを先頭にしたパーティーがリアルタイムで映し出された。

 硬い表情のホーリーがカメラ目線でナレーションをする。


『私たち一行は、魔族の城の一階を制圧しました。これから階段を上がり──』

『オオオオオンンン─────……………』

『ゾンビだ! ブレイド!!』

『なめ腐っておんどりゃあ!』


 腐っているのは間違いない。しかしそのキャラ、そろそろもとに戻さないか。

「ゾンビさん、たくさん降りてきたにゃ」

「これはブレイドたち、苦戦しそうだな」

「じゃあ、泊まろうか? まだ二階だし」

 俺は耳を疑った。ギョッとした目でルチアを追うと、スキップをして温泉旅館に向かっていった。

 悪魔と契約するって、こういうことか……。


「ルチア! それは破壊した旅館だ! せめて隣にしろ、隣!!」

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