第81話・お察しください

 いすゞ渾身の等身大人形1分の1フィギュアが迎える大屋根の下は、芋洗い状態の大盛況だ。

 会場に並んだ机の上には、アレックとレスリーのありとあらゆる肢体と痴態を描いた本が並べられ、それを女子や漁師が手に取り吟味し、買い漁る。

 そんな様子を見にきた俺に、実行委員長的なポジションに就いたいすゞが礼を述べてきた。


「この場を紹介してくれて、ありがとう。世界は愛で満ち溢れているわ」

 確かに愛には違いないが、女神様が言っている愛とは、かなり違う。しかし他人の愛を恨まず羨まず愛でるとは、神々の愛に似た新たな愛の形を人々にもたらしている、そんな気がしてならなかった。

 愛でているのがドギツい描写のBLなわけだが。


 いすゞは願いを叶えたが、問題の根本が解決したわけではない。

 そう、枯れた泉だ。

 エルフの里から運んでもらった樽いっぱいもの水は、乾いた地面をほんの一瞬潤すだけ。泉の精霊は破廉恥なオンリーイベントに怒ってしまい、泉を水で満たしてくれない。

 これに爺さんはガッカリし、寝込んでしまった。


 東の港の行く末も気がかりだが、より心配なのは今である。みんな、水や食料は持参してくれていたが、万が一足りなくなっても与えられる分はない。

 分けてやったら、この町に暮らす爺さん婆さんが干物になってしまう。

 そうハラハラしていると、北から一隻の船が波を切ってやってきた。


「舳先にいるのは……」

「アレック! レスリー!」

「本物のアレ✕スリですって!?」

「キャー! アレック! レスリー!」

「キャーキャー! ギュッと抱き合ってー!」


 舳先で両手を広げるレスリーを、アレックが後ろから抱きしめている。

「飛んでいるみたい……」

 と、レスリーは感激しているようだったが、俺は沈没するんじゃないかとヒヤヒヤしてしまう。

 そしてふたりは見つめ合い、まぶたを閉じて……


「キャ─────!!」

「アレックゥゥゥゥゥ!!」

「レェスリィィィィィ!!」

 お察しください。


 おっと、これはヤバいことになったぞ。勇者一行が港に来たなら魔族の危機、漁船に向かい俺は人垣をすり抜けたのだが、行けども行けども漁師の背中だ。これだけ女子がいるというのに……。


「船長、勇者一行が近づいている。早く隠れろ」

 そう注意を促すが、魔女船長は甲板で悠々と寝っ転がっている。

「戦ってもいいんだよ? 戦闘なんて久々だねぇ、腕が鳴るよ」

「やめておけ、港まで巻き込むぞ。それにエルフが集まっている、が悪すぎるぞ」

「わかったよ、しょうがないね。可愛い息子たちのため、大人しくしてるよ」


 魔女船長は、船倉の小部屋に身を隠した。あとはルチアだ。イベントには興味がなく、こもっているはずだと借りた空き家へ向かうのだが、どうして俺の行く手は隆々とした胸板ばかりなんだ!


「ルチア、ブレイドたちが来た。家から出るな、顔も出すなよ」

「はいはい、島の宿屋の二の舞いなんて、勘弁よ」

 理解が早くて、よかった。ブレイドたちも長い旅で強くなっているだろうから、ルチアと本気でぶつかり合ったら、この港町が壊滅してしまう。


「ところでミアは?」

「え? レイジィと一緒じゃないの?」


 俺とルチアは、総毛立ちで青ざめた。ミアはアレ✕スリ同人誌即売会に行っているのか、と。

 それはいけない。BLオンリーイベントは、5歳には早すぎる。


「探してくる!」

「レイジィ、頼んだわよ!」


 俺は家を通り抜け、再び人垣を……どうしてムキムキの背中ばっかりなんだ……をすり抜けて大屋根直下からミアを探した。

 アレ✕スリ本人が上陸し、会場はものすごい熱気に包まれている。女子や漁師が取り囲み、ホーリーがふたりのあとを追っている。ブレイドは……ホーリーのポケットだ、稲荷宝珠ほうじゅの中にいる。この世界の幼女のために、封印されていろ。

 その周りを映し身の精霊が飛んでいるから、女神様がイベントを生配信しているようだ。


 当の本人たちは本を手に取り

「アレック、恥ずかしいぜ……」

「人目を気にしたことなんかあるか? レスリー」

「でも、こんなにたくさんの……俺たち……」

 乙女のように恥じらうレスリーは、潤む瞳を画面から逸らした。いたずらっぽい笑みを浮かべたアレックは、レスリーの厚い胸板にそっと触れた。

「バカだなぁ、俺たちを世界中が祝福してくれる、そういうことだぜ?」

「……アレック……」

 鼓動に触れたアレックは、その指先で小さな果実を転がした。頬を染めたレスリーは、漏らした吐息でアレックに応えた。

「片っ端から本を買って、同じ夜を過ごそうぜ」


 俺の想像のコピペやんけ。

 しかしこれには女子も漁師も、もちろんホーリーも大興奮だ。黄色い歓声、野太いどら声が響き渡り大屋根を叩く。

 アレックとレスリーが本を買うと、ふたりが迎える夜はこれかと女子や漁師が買い漁り、あっという間にテーブルから本が消えた。


 こもる熱気にクラクラし、視界にモヤがかかってきた。目を凝らしても、ぼんやりとした人影が蠢く様しか見えてくれない。

 しかし、猫耳はどこにもない。ミアは、ここにはいないようだ。

 ホッとして、さてどこだろうかときびすを返した眼前に、雫が一滴ポツリと落ちた。


 ……大屋根の下なのに、雫……?


 ふと天井を見上げると、水滴がビッシリ垂れ下がっていた。

 熱気だ、会場の熱気が大屋根に留められ、水滴になってしまったんだ。つまり、俺の周りを覆うモヤは、ヲタク雲。

 そして今、アレ✕スリ本人が来たことで、会場の熱気は最高潮のボルテージ。天井の雫はじわじわと膨らんでいき、もう限界だと身震いしている。


「ヤバい! みんな逃げろ!!」

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