第84話・ドキッ! 魔女だらけのサバト大会

 アムンは真っ暗闇の砂漠を越えて山を越え、深い森が見えた頃には朝を迎えた。その真ん中には湖があって、あっちこっちから箒に乗った魔女が飛んできていた。

「魔女って、こんなにたくさんいたんだな」

「魔族の中でも人気がありますからねぇ。人間から魔女契約される方も、少なくないんですよ」


 そうなのか、とアムンの小脇にぶら下がるルチアにチラリと目を向けた。MHK総裁とラミアの間に生まれたルチアは、人間の姿だが生粋の魔族だ。

 そこも魔女最強とうたわれる強さの秘訣なのだろうか。


 そしてふと、魔女契約で懸念が湧いた。

「契約した人間のトラブルが増えているようだが、大丈夫なのか?」

 アムンは渋い顔をして、ぶちぶちと憎らしそうに口を開いた。背中しか見えないが、ルチアも怒っているようだ。


「人間のごうの深さですかねぇ。奴らは魔族を穢れていると後ろ指を差しますが、欲深い人間のほうが、たちが悪い。そりゃあ魂を売って頂けるお客様ですから、ないがしろにはしませんがね。しかし対応を考えないと……」

「あんなの詐欺よ。見つけたら生き地獄に落としてやるんだから」


 魔族は魔族で人間に翻弄されている、そう思うと俺は死んでいても人間として反省し、口をつぐんでしまうのだ。

 その沈黙を破ったのは、箒に跨った魔女船長だ。

「お迎えつきとは、さすがじゃないか!」

「船長! 船はどうした!?」

「東の港が拠点なら、あいつらだけで大丈夫さ!」


 そうか、遠くへ行かないと決めたのはサバトへの参加が理由だったか。そうすると船は、エルフの本を得た筋骨隆々の漁師たちと……ゲイス。

 うん、漁船のことは忘れよう。今はサバトだ。


「ところで船長、サバトってのは「わぁわぁわぁ」

「昔は悪魔と【自主規制】だった「わぁわぁわぁ」

「時代に合いませんからね。今は「わぁわぁわぁ」


 ルチアの妨害が、半端ない。俺もアムンも船長も呆れて黙り込んでしまった。

 まぁ、会場に行けば何をするかわかるんだ。昔のサバトだとしたら……

「レイジィ? 何を考えているのかな?」

「痛い痛い痛い痛い、無理な姿勢でつねるなよ」

 想像さえもルチアに阻まれてしまった。そういうことは、今はしていないっていうのに……。


 湖岸に舞い降り、すぐそばにある掘っ立て小屋にルチアは放り投げられた。そのすぐあとに魔女船長が続いて入る。

「おっと、ここは魔女しか入れませんよ。私たちは観覧席で待つとしましょう」

 アムンが案内をした先には、苦悶に歪んだ木々で組み上げられたスタンドが築かれており、そこには魔族が今か今かと開会のときを待っていた。


「あ! レイジィさんだ!」

「お久しぶり、レイジィさん!」

「こっちにおいでよ、レイジィさん」

 招いてくれたのは、幽霊屋敷の丸ににょろにょろ幽霊たちだ。ルチアが来たいのは、ここなんだろうなぁ。


「ウホッ」

 スタンド裏から鈍器コングが顔を覗かせた。大工道具を抱えているから、このスタンドを設営したらしい。

「鈍器コングさん、どうぞ隣へ」

 アムンに招かれ、スタンドを這い上がって隣の席に腰を下ろす。バヨンと少したわんだが、びくともしない。とてもしっかりした造りだ。


 鈍器コングが作った観覧席が埋め尽くされると、アーマーナイトのあーまさんが湖岸のステージへと上がり、中央でピタリと止まった。

 カシャ! カシャ! カシャ! カシャ!

「ぅうおわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 スタンドは興奮のるつぼだから、これが開会宣言なんだろうか。


 熱狂の渦を取り巻いてステージに上がっていったのは、笑顔を振りまきスタンドに手を振る魔女船長だ。それも何と切れ上がったレオタード、セクシーこの上ない格好じゃないか。


 続いて、うら若き魔女たちがステージへ次から次へと上がり、蠱惑的なボディラインを晒している。

 若い魔女だけではない。男の魔法使いも水着姿でステージに上がる。体力勝負の世界ではないから、みんな細身で涼しげなイケメン揃いだ。


 若い男女ばかりではない。ぽっちゃりとしたおばさん魔女に、重ねた年輪を露わにする婆さん魔女、たぷたぷしたおっさん魔法使いに、枯れ木のような爺さん魔法使いも、ステージへと上がっていった。

 ご多分に漏れず、全員が水着姿である。しかも、年齢が上がるにつれて露出度が増している。


 男の魔法使いもいるのは予想外だったが、魔女の義務なんだから、年齢を問わないのは当然だ。

 そう、当然なんだ、これは義務だから仕方のないことなんだ……。


 そしてトリは、我らがルチア。腕を回して身体を隠し、背中を丸めてコソコソとステージに上がっていく。ちなみに身にまとうのは、旧スクール水着。胸の名札には『るちあ』と、でっかく書いてある。一体、誰の趣味なんだ。


 魔女が出揃い、あーまさんがカシャカシャ喋って袖に下がると、MHKと刻まれた演台が運ばれた。

 そこへ悠然と向かって、スタンドをぐるりと一瞥したのは、MHK総裁バハムート・レイラーだ。


『諸君、よくぞサバトを見届けに来てくれた。時代とともに形は変われど、魔女の務めであることには変わりない。魔族の心をひとつにし、世界を我らが手中に収めるのだ。ウワァーッハッハッハァー!』


 ……え? そういう行事なの? 老若男女の魔女魔法使いが水着姿で? 何だかもう、わけがわからないよ。

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