第63話・俺がお前でお前がお前で

 世界樹の樹液が詰まった樽をミアが担いで、帰りの準備が整った。ヘイムダルに別れを告げて、虹の橋ビフレストをゆっくりゆっくり下っていく。

 地上に降りて、吹き上がるブリザードの切れ目を通り抜ければ外界である。


 聖なる力に行きが詰まっていたのだろう。ルチアはブリザードを壁を抜けた途端、両手を上げて伸びをした。

「ううーん! やっぱり外界はいいわね!」

「でも、天丼美味しかったにゃ!」

「ミアは饅頭も食べたもんな」


 さて、行きとは違う場所に出た。このビフレストが正規ルートなのだから、神社に例えれば表参道を通ってホビットの集落を目指すことになるわけだ。

 どんな街を通るのか、不安と期待が交錯する中、さっそくイベントが発生した。


「悲鳴だにゃ!」

「男の声ね?」

「行ってみよう」


 雪原をサクサクと走っていくと、毛皮のコートをまとった男が斧を担いで立ち尽くしていた。悲鳴を上げたのは、彼ではない。コートの男が見下ろしている、鎧をまとった戦士だった。


「あら、サロハユニフさん? どうしたの?」

 そうルチアが尋ねると、コートの男が振り返って眉とヒゲに埋もれそうなギョロ目をニンマリさせていた。コートのほうがサロハユニフということだ。


「よぉ! 久しぶりだなぁ。この野郎が有無を言わさず襲ってきやがったから、返り討ちにしてやったのよ」

「さすがの腕前ね、一撃で瀕死の重症じゃない! でも無茶はしないでね? サロハユニフさんひとりの身体じゃないのよ?」

「何でぇ、知ってたのか。マロネロがうるさくってなぁ、へへへ」


 のろけるサロハユニフはルチアに任せ、俺とミアは戦士に駆け寄った。浅い息、かすかなうめき声、まだ生きているが風前の灯火だ。

「……獣人か……俺の意志を継いでくれるか……」

「まだ死んじゃダメだにゃん! お薬は持ってないのかにゃん!?」


 咄嗟に屈んで肩を揺すろうとしたミアは、世界樹の樹液が詰まった樽を落として、戦士の頭を【自主規制】。


「フニャ─────!! とどめを刺しちゃったにゃあああああ!!」

 うっかり殺してしまったから、ミアはパニックに陥った。これにはルチアもサロハユニフもドン引きせずにはいられない。


「サ、サロハユニフさん!? あとは私たちでやっておくから、マロネロさんのところへ帰って。ね?」

「お、おう……。よ、よろしく頼むぜ」


 サロハユニフが吹雪に消えると、ミアが見えない俺にすがってきた。どこにいるかわからないから、滝のように噴き出す涙をあっちこっちに振り撒いている。


「レイジィ! 戦士さんを復活させてあげて欲しいにゃあああ! あたし、殺すつもりはなかったんだにゃあああ!!」

「わ、わかったわかった。憑依して復活すればいいんだろう? だから、頭から樽をどけてくれ」


 ルチアが伝えた俺の言葉に従って樽をどかせると【自主規制】が露わになったので、ミアはその場で目を回してぶっ倒れた。

「ミア───────────────!! いや、今は戦士の復活が先だ」

 俺はすぐさま死体に憑依し、潰れた口で復活魔法を何とか唱える。

「ひはーふ」


 願いは女神様に伝わった。頭蓋骨が形を成して、歪みない景色が映り、触れる雪の冷たさに頬が硬直していった。

 そしてすぐさま戦士の魂が身体に帰り、俺の視界が激しく揺れた。この身体から俺が抜ければ、彼の復活は終了だ。また幽霊に戻るのは惜しいが、身体泥棒をするわけには……。


 あれ? 抜けない。


 抜け出そうとする反対側に目をやると、彼の幽霊が俺の肩をガッシリ掴んで引き止めていた。

「……おい、何をやっている」

 彼の声で俺が問うと、彼の声で彼が答える。

「お前こそ何だ、そのステータスは」


 ポップアップがふたつ並んで表示された。当然、俺はカンストチート。一方彼は、ひとりで世界樹に来るには無謀すぎるショボさである。


「俺は、こことは違う世界から身体を得ずにチート転『死』したんだ。だから、こうして憑依して回復なり復活なりすれば、生き返らせることが出来る」

 彼の身体で淡々とした説明をすると、彼の身体は彼の意思で俺にすがった。


「生き返らなくていい! でも、死にたくない! お前、レイジィとか言ったな!? お前、俺になってくれ!」

 必死に懇願する彼の顔を、俺の意思で冷ややかにしていった。こいつ、何を言っているんだ、と。


「生き返りたくなくて、死にたくなくて、俺がお前になるって、どういう意味だよ」

 冷めた顔が見開かれ、荒い鼻息を吹き出した。

「だから、レイジィには俺として活躍してほしいんだよ! そのチートスキルを活かして、俺の名前を上げてくれ!」


 やべぇ奴に憑依しちまった。こいつ、最低なクズだ。俺のチートスキルだけが目当てじゃねぇか。


「嫌だよ。俺として生きられないなら、幽霊のほうがまだマシだ。俺は抜ける、抜けるから、その手を離せよ」

「嫌だ、絶対に離さない。お前のスキルなら、あの魔女を倒せるだろう? 手始めにやっつけてくれ」

「嫌だって! 幽霊の俺と話せる数少ない仲間なんだぞ!?」

「俺の身体があれば用済みだろう? 魔女をやっつけて魔王を倒して、戦士ゲイスは英雄になるんだ」

「黙れゲス野郎! 誰がお前を英雄にするか!」

「うるせぇ! いいから魔女をぶっ殺せ!」


 俺とゲイスの言い争いは、ゲイスの口ひとつから放たれていた。はたから見れば、喧嘩のひとり芝居である。これにルチアは苛立って

「うるさいのは、あんたよ!」

と、ゲイスの顔面をグーで殴った。


 痛みは、俺とゲイスで分け合った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る