第64話・ナグルチア

 ルチアに顔面を殴られて星が見えるほど痛かったが、カンストの俺は数値上、浅いダメージで済んでいた。だが、ザコのゲイスは重症だ。ルチアが強すぎるのか、ゲイスが弱すぎるのか、どっちだろう。

 いずれにせよ、俺もゲイスも心をポッキリ折られてしまった。


 これにルチアも気づいた様子で、ステップを踏み嬉々として拳を握った。

「先にゲイスが死ねば、身体はレイジィのものじゃない?」

 するとゲイスの魂は、俺の魂を盾にした。ステータスのポップアップが重なって、俺のカンスト数値が前に出る。


「嫌だよ、俺まだ死にたくないよ、チートスキルで世界を救って悠々自適のハーレム生活をするんだ。お前までハーレムか、ゲス野郎が! あっ……お前もしかして旅の途中でムチャクチャ遊び呆けてないか? そそそそんなことないよ、ないって言ってるだろう? ないんだから、俺の財布に触るなよ! ほらやっぱり、何だよこの、いかがわしい店の請求書の束は! 借金がかさんでギルドに加入出来ないんだろう? 単独行動していたのも、クズすぎて仲間が出来なかったんだ。そ、そんなの、チートスキルで魔族を倒せば謝礼で一括返済だ。嫌だよ、こんな身体いらない、どこに行っても活躍しても『クズのゲイス』って陰口を叩かれるんだ。それはお前の活躍次第だ、俺の汚名を晴らしてくれ。バカ言ってんじゃねえ、俺の背後にくっつくな!」


 ひとつの口に委ねられた俺とゲイスの口喧嘩に、ルチアが怒りを爆発させた。

「だから、うるさいって言ってるでしょ!?」

 ルチアの拳が、ゲイスの顔面に飛んできた。盾にされた俺だけがダメージを食らう。カンストの俺は簡単には死ねず、ただ痛い思いをするだけだ。

 俺の背後に隠れたゲイスは、そっとルチアを覗き込む。


「おっかねえ女……でも可愛いぞ、アレみたいだ。チア✕チア☆ダブル──」

 ルチアは拳を握りしめ、殺意に満ちた目で俺を見下ろした。

「その先を言ったら、殺す……」

 ゲイスは震え上がっていたが、俺はチャンスだと確信し、おねだりする犬のようにルチアを煽った。


「殺せ殺せ、そうすれば俺は幽霊に……って、前に出ろよゲス野郎! わかったよ、幽霊に戻してやるから、その前に活躍して借金を返してくれ。変な店の借金は自分で返せ! お前みたいなクズのために活躍してやる奴があるか! さぁ、ひと思いに殺してくれ。今、こいつを前に……前に出ろよ! 観念して殺されろ!」


 そのとき、視界がブレた。前のめりに俺は倒れ、身体と剥がれそうになる。突っ伏したゲイスの身体と俺の魂が重なり合って、ひとつになった。

「また殺しちゃったにゃあああ! ごめんにゃさあああい!」

 そうミアが号泣しているから、樹液の樽でゲイスを殴ったようである。さすが世界樹でもらった樽、ちょっとやそっとでは壊れない。ヘイムダルの言葉に嘘はなかった。


 やれやれと身体を起こすと、ルチアが汚いものをつまみ上げたような格好をした。

「これがゲイスの魂、隠れていた後ろからやられたから死んだのよ。で、どうしよっか? 魂を地獄に堕としてレイジィが身体をもらっちゃう?」

「そしたら、いかがわしい店の借金を俺が肩代わりするハメになるんだぞ? そんなの嫌だよ」

「それじゃあ、レイジィも死ねばいいのかにゃ?」

 ミアが樽を持ち上げて、俺のすぐそばで仁王立ちした。


「やめろやめろ! カンストの俺は、そう簡単には死ねないんだ! ひたすら痛い思いをするだけじゃないか!」

 腰を抜かして後ずさりをし、両手を振ってミアを制した。ミアは「そうだったにゃ」と樽を下ろして頬杖をついた。

 ああ、ビックリした……。実はさっきの、わざとだろ。


「困ったにゃ。ゲイスがゲイスとして生き返らないと、レイジィは身体から出られないにゃ」

「ねぇ、借金を完済するまで身体に帰らないって。レイジィ、やっぱり地獄に堕とそう」

「ふざけるな! こうなりゃ実力行使だ、魔法の力で戻してやる。リフレ……って、俺にしがみつくんじゃねぇ! 身体を貸してやるんだから、活躍して借金を返すくらい、やってくれよ。だから、こんな身体いらねぇって言ってるんだよ! ルチア、ひと思いに俺を殺してくれ。一瞬なら痛いのを我慢するから、だからグーはやめてくれ! 魔女なら魔術で殺せっての!」


 握り拳を緩めたルチアは、ミアと揃って樽に頬杖をついた。

「私にだって、レイジィを簡単には殺せないわよ」

 じゃあ、何でグーで殴ろうとしたし。俺を殺せるのは誰かと考え、恐る恐るルチアに尋ねる。

「魔族最強って……バハムート・レイラーかな?」


 案の定ルチアはイラッとしたが、苦々しそうに

「……そうね、一応総裁だし? 経験の差だけど、レイジィも苦戦したもんね」

と答えると、ゲイスは途端に興奮しだした。

「え? 何そいつ、もしかして魔王? 行こうぜ! 魔王を倒せば英雄になって、借金もチャラだ!」


 倒さねぇよ。親子喧嘩中とはいえ、ルチアの実の父親だぞ。

 でも、ゲイスは超がつくほど乗り気だから、これを利用しない手はない。


「ゲイス、負けたよ。バハムート・レイラーを倒しに行こう。ルチアはMHKまで案内を、アイテムをいくつか出すからミアは装備してくれ」


 ルチアとミアが了解したので、俺は天に向かって手を伸ばし、ありったけのアイテムを召喚した。

「あ、レイジィ。服も出してくれないかな? 私が街に行くときの服、ちょっとは妥協するからさ」

「お、そうだな。えっと【学びの服】でいいか?」

「んー……まぁ、それならいい、かな?」


 天から降りたセーラー服を受け取って、ルチアはどんな感じかと合わせてみた。身につけている黒衣よりスカート丈は短いが、膝小僧が見えるだけならとルチアは折れることにした。

「ルチアさん、可愛いにゃ!」

「ルチア!? 魔女め、人を惑わしたな!? やっぱりチア✕チア☆ダブルチア──」

 俺とゲイスは、ルチアにグーで殴られた。

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