第27話・ゆっくりしていってね

 真っ暗な廊下に、か細く頼りない蝋燭の火が灯されていく。俺たちの行く手だけにぼんやりと灯り、過ぎゆくとフッと消えてしまう。


 ……何だか、怖くなってきた。そうだ、俺自身は幽霊だけど、俺は幽霊が苦手なんだ。

 でも、その幽霊を探しに来たんだ。何というジレンマだろうか。


「ルチア、ミルルはいるか?」

「あれがどのあたりかわからないけど、もっと奥のほうみたいね」

「暗くて見えなくないか? 火を灯そう、フレア。ほうら、明るくなっただろう?」

「暗いほうがよく見えるわよ」


 ……ルチアの水系魔法で、火を消されちまった。何てこった、明るくなれば怖くないと思ったのに。

「あ! 見て見て! レイジィ! ミア!」

「どうしたにゃ?」

「何だ? アイテムか?」

 突然、ルチアが興奮気味に俺たちを呼び寄せた。燭台そばのくぼみに手を突っ込んで、中身をそっと愛おしそうに取り出した。


「干し首、可愛い♡」

「に「ぎゃあああああああああああああああ!」」


 を抜かれ小さく縮んだ人間の頭部を、ルチアは頬ずりしそうな近さで愛でていた。瞳にハートが浮かんで見える。

「いいなぁ、欲しいなぁ、家に飾りたいなぁ」

「かかか勝手に持っていったらダメだにゃあ!」

「そそそそうだよ、ここここれは人のものだよ!」

 ルチアはぷうっとむくれると「わかってるわよ」と不貞腐れて干し首をもとに戻した。


 そのとき、廊下の奥から金属音が響き渡り、それが高速で迫ってきた。張り詰めた空気と音への疑問が混じり合う。


 ギャンギャンギャンギャンギャンギャンギャン!!


 丸鋸まるのこだ! 床から壁から天井から俺たちめがけてまっしぐら、瞬く間もなく襲いかかる。

「あら、のこちゃん。元気にしてるわね」

 ルチアはヒョイッと飛び上がり、丸鋸を楽しげに避けていた。

「ひいやあああああああああああああああ!!」

 あまりの恐怖に固まってしまった幼女の俺は、運よくギリギリ避けられた。

「にゃ?」

 ミアは首を【自主規制】。


「「ミアアアアアアアアアアアアアア!!」リバース」


 ミアは復活した。ルチアは涙ながらに、もの凄く怒っている。

「もう! 気をつけなさいよね!?」

「うう……。ごめんにゃさい」

 尻尾を垂らして、しょんぼりしているミアの耳がピンと立った。ミアが向けた視線の奥から地響きが轟いてくる。戦慄している俺とミアをよそにして、ルチアは落ち着き払っている。


 ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ……。


「これって、まさか……」

「たまちゃんね、廊下いっぱいの大きな石の玉よ」

 やっぱりそうだ、いにしえの冒険活劇には欠かせないアドベンチャーの鉄板だ。


「にゃあああ! 潰されちゃうにゃあああ!」

「逃げ! 逃げ! 逃げ!」

「大丈夫よ、たまちゃんは丸いんだから」

 ルチアは廊下の隅っこにしゃがんだ。四角い廊下に丸い玉、四隅は隙間が出来るんだ。俺はルチアのそばで同じようにした。

「にゃにゃん!」

 ミアは隅っこに向かってスライディングをして、横たわっている身体を【自主規制】。


「「ミアアアアアアアアアアアアアア!!」リバース」


 ミアは復活した。ルチアはポロポロ泣きながら、もの凄く怒っている。

「もう死なないって約束でしょう!?」

「うう……。面目ないにゃあ」

 尻尾を垂らして、しょんぼりしているミアの耳がピンと立った。廊下の奥からゆっくりとした金属音が響いてくる。この音には聞き覚えがある、教会のダンジョン配信で耳にした。


 ガシン……ガシン……ガシン……。


[アーマーナイトがあらわれた]


 ルチアは笑顔を振りまいて、アーマーナイトに手を振っている。

「久しぶりね、こんなところで何やってるの?」

「あれ? 昨日、ブレイドをやっつけた……」

「そう、よろいちゃんの弟、あーまさん。お兄さんのかたきを討てたのが、せめてもの救いね。ご愁傷さま」

「ブレイドさんのかたきにゃ! バーニングサン!!」

 ミアは首を【自主規制】。


「「ミアアアアアアアアアアアアアア!!」リバース」


 ミアは復活した。ルチアはあーまさん、俺はミアを叱りつける。

「私の友達なのよ!? 殺さないでくれる!?」

「ミア、いい加減にしろよ! 何回死ねば気が済むんだよ!? ルチアをこれ以上、悲しませるなよ!」

 ミアとあーまさんは、仲良く並んでペコペコと頭を下げた。


 プリプリ怒っていたはずのルチアが突然、ピタッと黙って廊下の奥を凝視した。

「いた! ミルルよ」

「えっ!? どこ!?」

 一緒になって目を凝らしてみるが、復活した俺に幽霊は見えない。魔族のルチアとあーまさんが幽霊探しの頼り、見つかったところで俺とミアはついていくしかない。


「あたしに任せるにゃん!」 

「ミア! あなたにも見えないでしょう!?」

 俺もルチアもあーまさんも【速さ】自慢のミアを追うと、のこちゃんとたまちゃんまでも追いかけてきた。


 ギャンギャンギャンギャンギャンギャンギャン!!

 ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ……。


「みんな飛んで、端に寄って」

 ルチアの指示に従うと、のこちゃんたまちゃんが俺たちを追い越していく。

「ぎにゃあああああああああああああああ!!」

 ミアは、のこちゃんに【自主規制】たまちゃんに【自主規制】。

「「ミアアアアアアアアアアアアアア!!」リバース」

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