第61話・っつはぁああ! 女神様!

 天界への階段に終わりが見えてきた頃のこと。俺たちを迎え入れるためだろうか、天使たちや女神様の忙しない物音が降りてきた。


 ドスン! バタン! バサバサバサ! ファサ。ズズズズズ……。バンッ! バンッ! ガスッ。

『だあっ!……つぅっつっつっ……こ、こ、こゆ、こゆ、こゆ……』

『女神様!』『女神様!』『女神様あああああ!』


 女神様は、足の小指をぶったらしい。痛みが引くまで待っていようと、俺とミアは歩みを止めた。


『はぁっ! つぁっ! くっ……くっ……くっ……っつぅううううう! はぁ……はぁ……はぁ……。くぁぁあああっ! つはぁ〜! ぬっ! くあっ』


 長えよ。小指ぶった痛みはわかるが、待っている身にはつらいくらいに長過ぎる。

 待ちきれないのと案ずる気持ちが押さえきれず、ミアが階段を駆け上がった。


「女神様! あんよ痛い痛いにゃ!?」

『ダッ、ダメ! まだ……こ、来ないで……』

「おあずけだにゃあ! フニャ─────!!」

『わかったから、上がっていいから、お願いだから爪を研がないで!』


 階段を上がり切ると、もうもうと湧き立つ雲海が広がっていた。女神様は微笑みをたたえているが、痛みをこらえているせいか、口角は歪んでヒクヒクと引きつっている。

 前世で死んで以来の、リアル女神様だ。天使たちが周りを飛び交い、まばゆい後光が差しており、息を呑むほど神々しく麗しい。たとえ足の小指をぶつけていても。


『ミア、ユーキ・レイジィ、ようこそ天界へ』

「にゃっはぁ! 女神様、きれいにゃあ!」

 女神様にメロメロのミアは、はじまる前から戦力外だ。これは俺が攻めるしかない。


「女神様に要求だ。レチア、ミルル、そのほか許可を得ていない動画をすべて削除しろ。さもなくば、最強の魔女が世界を焼き尽くすと言っている」


 女神様は、険しく眉間にしわを寄せた。そうだ、水晶玉を通して対峙したときは、いつもこんな顔をしていた。

『レイジィ、あの魔女と未だに一緒なのですね?』


 そう、女神様が自らの手で転移させた俺と、魔女ルチアが一緒にいるのが、女神様には気に入らないのだ。

 しかし、嫌いな魔女が大好きなルチアだと、一体いつになったら気づくのか。


 いいや、気づいていないから、今の安寧がある。

 真実が明らかになれば、ルチアは魔女狩りに遭うだろう。もしそうなったら、父であるバハムート・レイラーが黙っているはずがない。MHKが総力を上げて攻め入って、世界中が火の海に沈む。


 よし、世界平和のために騙されてくれ、女神様。


 と、話の途中だ。女神様に返事をしなくては。

「魔族には憑依という手段がある。ル……魔女は俺に憑依で協力してくれる。魔女と一緒にいて欲しくなければ、俺の身体を用意してくれ」


 そう啖呵を切ったが、女神様が俺を生まれさせてくれたなら、俺はルチアとの縁を切るのだろうか。女神様側のひとりとして、ルチアと戦う運命になるのだろうか。

 緊迫した空気が漂った。女神様の答え次第で、俺とルチアとの関係が決まる。


『わかりました。しかし、これから宿る生命です。すぐにとは参りませんが、このふたりの間に生まれなさい』


 ああ、ついに俺は新しい身体を手に入れるのか。せめてルチアを傷つけまいと密かに誓い、女神様が浮かび上がらせたスクリーンを注視する。


「ブレイドさんだにゃ!」

 やはり、勇者の子として生まれるのか。チートでカンストの俺に相応しい。

「ミルルちゃんだにゃ!」

 やはり、ブレイドは度し難いロリコンだったか。俺の目に狂いはなかった。


「って、ちょっと待て! ミルルが結婚するのって何年後だよ!?」

『ええっと……婚約はついこの間、結婚は14年後、ミルルが子を宿すのは15年後です』

 スクリーンが映像に切り替わる。勇者パーティーがミルルがいる村を旅立つ場面だ。


『ミルル、勇者様のお嫁さんになるぅ』

『はっはっは、ミルルはいい子だな。気長に待っているぞ』


「ミルルが、わけもわからず言っちゃったんだろ!? それを真に受けるなよ! 何歳差カップルだよ!? 15年も待つなんて、ブレイド純愛過激派かよ!?」

「ホーリーさんとは、結ばれないのかにゃ?」

『ホーリーは敬虔な僧侶として誰とも結ばれることなく、男同士の愛を祝福し続ける生涯を送ります』


 パスだパス。15年も待てないし、可愛いミルルがロリコン勇者と結婚するなど、おぞましい。その間に生まれることを望んだら、まだ幼いミルルと変態勇者ブレイドの婚約が確定してしまう。ロリコンに加担するなど、俺は絶対にしたくない。


「女神様、この婚約を破棄してくれ。ミルルには、同じ年頃の恋人と結ばれて、幸せになって欲しい」

『それでは、ブレイドの伴侶は……』

「こんな奴は2次元でも満足するだろうから、一生独身でいさせろ。汚れきった変態は、汚れを知らぬ身体でいい」

 そうやってバッキバキな男たちが作られるのだと、自分で言っておいて納得した。


 あまり期待はしていなかったが、俺が生まれる芽は潰えた。ならばせめてルチアの願いだけでも叶えようと、女神様に念を押す。

「ともかくだ、世界の平和を願うなら無許可の動画を一掃しろ。この世界は、まだその段階に至っていないが、勝手に撮られて晒されたって訴えられても文句は言えないぞ。だから、俺が見ている前で削除しろ」


 女神様はシュンとして、スクリーンに設定を表示した。だが、名残惜しいのか削除するのを躊躇っている。

 そして、俺は気がついた。風になびいているが、もこもこしたまま動かない雲があることに。

 あれは、配信動画を編集する機材か何かだろう。女神様と会話をするとき、テステスやったりエコーをかけたりしていたやつだ。それを隠すのに女神様はバタバタしていた、きっとそうだ。


 俺が手を下してやると、そのもこもこに向かっていった。

「何をもたもたしているんだ! 代わりに俺が削除してやる!」

『レイジィ! それは違いだ─────!! つぅっつっつっつっ……どぅわっ、ぬっ、とぅーす……』

 女神様は、雲に隠した機材で小指をぶった。

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