第56話・そんなんどーだっていいから
青龍の白虎の仲を取り持ち、ミアとの婚約が破棄されたので、俺たちは世界樹への旅を再開させた。見送りに来てくれたのは玄武である。
『すまんのう、お主らには迷惑をかけた』
「あたしは気にしないにゃ。青龍さんと白虎さんをよろしくにゃ」
本当にミアは、まったく気にする素振りがない。猫科というだけで白虎の代わりがミアだったのは、改めて幸運だったと思えてならなかった。
青龍が白虎にぶん殴られたのは、その幸運の揺り戻しなんだろうな、と俺は経験則から考えた。
ならば次には幸福が待っているはずだ。また会う日には、仲睦まじい二獣を目にするだろう。
『しかし、世には知らぬことばかりじゃ。四獣一の知恵者など、驕りでしかなかったのう』
玄武は苦笑いをしてみせて、地中より浮かばせた水晶玉をタップした。
▷ ▷ ▷
「アレック……はじめて逢った日から、俺は……」
「レスリー、俺もなんだ。こんな気持ち、はじめてだ……」
□ □ □
『ふむ、これがBLなるものか。南では、このアレ✕スリなるふたりが話題のようじゃのう』
▷ ▷ ▷
「やべぇ……めっちゃ似合う」
「可愛いにゃあ! これなら【速さ】もバッチリだゃ!」
「あらあら、お嬢さんったら、あらあらあら」
「でも露出度は低いぞ、水着にしては」
「身体の線が丸見えじゃないのよ! 水着って時点でアウトよ! こんなの役に立たないわよ!!」
「いいでござる、フンスフンスフンスフンス」
□ □ □
『このレチア、身体を見るに女であるが男の言葉を話しておる。男の娘とも、ボクっ娘とも違うのう』
▷ ▷ ▷
「お母さーん、勇者様がキモいよー」
「ほら、嫌がっているじゃありませんか!」
□ □ □
『そしてこれが……』
「やめてくれ。この世界の性癖を歪めるのは、もうやめてくれ」
ルチアが水晶玉を地面に沈めて、新たなる性癖の探索を打ち切った。
ていうか女神様、俺たちの動画を上げ過ぎだ。二番目の動画なんか、ホビットの家でスク水レチア、何が最悪って無許可じゃないか。
ほら、ルチアが壊れそうなほど怒っている。
「あのアホ女神いいいいい!【自主規制】してやるううう!」
「ルチア、どうどうどう。世界樹に行ったら天界に昇って、無許可の動画を一掃させよう」
と、世界樹へ行く目的が意図せず増えて、ルチアも積極的になったところで、俺たちは北へ向かう。
天界に届くほどの巨大な木、雲に包まれたその姿をようやく目にするときがきた。
と、思っていたのは間違いだった。
「寒うううううううううううううううい!」
「ちゃっぷいにゃああああああああああ!」
世界樹を包んでいたのは、ブリザードだった。
ミアは動きやすさを優先したラフな格好、ルチアは待望の黒衣、防寒などは一切合切考えていない。暖を取るための炎系魔法も、風雪が一瞬にしてかき消してしまう。
寒くないのは死んでる俺だけだ。
「こんなの、どうやって突破するのよおおおおお」
「ゆゆゆゆゆ雪の中に誰かいるにゃあああああ」
「ひょっとして、このブリザードは魔術か?」
暴風雪の合間を縫って、ひとりの女が足をさばくことなく滑るように現れた。雪のように肌が白い、髪も白い、身にまとうドレスも白い。冷たい切れ長の目は、俺たちを芯まで凍てつかせている。
「まさか……雪の女王?」
「ゆゆゆゆゆ雪の女王?」
震えるルチアの声を聞き、雪の女王は満足そうに目を丸くして、引きつったような笑みを浮かべた。
ヤバい、殺される、凍え死ぬ。
あ、俺は死んでいたんだった。
ミアとルチアの生命が危ない!
無駄を承知で壁になった、そのときだ。
「あら、ルチア? 久しぶりねぇ、何年ぶり?」
「ややややっぱり、ママママロネロおばさん?」
「……え? ルチアと知り合い? 魔族なの?」
「うううちゃっぷいにゃああああああああああ」
ルチアは一歩も近づくことなく、雪の女王もといマロネロおばさんを手で指した。
「ゆゆゆ雪女のマロネロおばさんんんさぶううう」
「ルチア、だいたいわかったから、もういいぞ」
詳しく聞くと、ふたりの生命が危ない。このへんで打ち切っておくのが身のためだ。
なのにルチアは、古くから知るマロネロを
「いいい今は何にににしてるんですかううううう」
「私、サロハユニフさんと結婚したのよ。彼が冥界のそばがいいって、ここに新居を構えたの。やだ、私ったら彼だなんて、キャッ」
「おほほほおほへでほふほさひまふううううう」
凍えすぎたルチアが、何を言っているのかわからなくなってきた。井戸端会議で凍死なんて、そんなバカな話があるだろうか。一刻も早く、穏便に話を終わらせなければならない。
「はじめまして、ルチアの世話になっている幽霊のレイジィと申します。話に花が咲いたところ申し訳ないのですが、世界樹に行く途中でして……」
「あらあらまぁまぁ。やぁねぇ、ルチアったら男の人を連れて、隅に置けないのね、もうやだわ」
マロネロはいたずらっぽく肘鉄を喰らわせようとしてみたが、たった一歩近づくだけでルチアとミアは身体を縮こまらせて、ついには雪原に倒れた。
「寒い……寒い……ああ、眠くなってきた……」
「ルチア、寝るな! 寝たら死ぬぞ! 寝るな!」
「あたしも……限界……もう、丸まるにゃ……」
「ミア、丸まるな! ここはこたつじゃないぞ!」
やはり無駄と知りながら、俺は必死になってミアとルチアを揺り起こした。ミアのもふもふには触れられないが、そうせずにはいられなかった。
と、ブリザードのわずかな隙間に明かりが灯る。マロネロはハッとして、嬉しそうに手を組んだ。
「彼だわ、仕事から帰ってきたのね!? それじゃあルチア、いい旅を」
マロネロがいそいそとブリザードに身を消すと、風雪の勢いが弱まってきた。ルチアとミアは身体を起こし、よろよろと立ち上がった。
「ミア、魔術で身体を乾かすね」
「うにゃ、それで暖め合うにゃ」
横殴りだった雪は、はらはらとした粉雪になり、絶え間なくそよいだカーテンが開かれていく。
しかし、俺たちの眼前に立ちはだかるのは視界に収まらないほど高く果てしない壁だった。
「世界樹は、これを越えた先なのか」
「違うわ、レイジィ。よく見て」
ミアが恐る恐る手を伸ばすと、手首がくにゃっと曲がり、肉球がぷにっと潰れた。
「これ……世界樹かにゃ?」
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