第55話・ツンドラ痴態

 白虎の冷たい態度は、好きの裏返し。そう青龍に伝えても、まったくわかってくれなかった。

『そのような態度を取るのは、何故なのだ』

「ただの照れ隠しなんだって。ルチア、ツンデレのプロとして助言してやってくれ」

「はぁ!? 何よ、そのツンデレのプロって!?」

 しまった、貴重な通訳を怒らせてしまった。だが青龍は、はじめて聞くツンデレに興味を示した。


『玄武、玄武はおるか』

 広間の床からズブズブとデカい亀が湧いて出た。

『青龍よ、何用じゃ』

『四獣一の知恵者に問う。ツンデレとは何じゃ』

 玄武は首を何度も傾げた末、床から水晶玉を取り出した。


『ヘイ識理シリ、ツンデレとは何じゃ』

 そう問うて、水晶玉に映ったのは女神様のチャンネルだった。玄武はそれをタップして、動画を再生してみせた。


 ▷  ▷  ▷


 られちゃったら幽霊さん

 恨まないでね幽霊さん

 化けて出ても幽霊さんは

 誰ともお話出来ないよ

『やらないで! やらないで! レチア、レチア、やらないか?』

 んべー。

『ウワアアアアア!! レチア! ルチア! ダブルチア!!』


 □  □  □


 動画を目にした青龍は唸りを上げて、玄武はなるほどとうなずいて、俺とミアは唖然とし、ルチアは烈火のごとく激怒した。

「……俺じゃん」

「あのバカ女神! 削除しろって言ったのに!」

「これ、レチアパートだけ切り抜いてるにゃん」

「見た目が同じなんだから、意味ないじゃないのよおおおおお!!」


 ツンデレを知りたい青龍は食い入るように動画を視聴し、玄武とともに検証していた。

『ツンデレが好きの裏返しであるならば「んべー」は男たちを好いている、そういうことか』

「本気でキモいと思っていました。好きでも何でもありません、マジで」

『そういうことじゃ。男たちも気持ちを解しておるがゆえ、歓喜しておる。これぞツンデレじゃ』

「だから、マジでキモいんだって。美少女は何したって可愛いから、そう見えるだけだよ」


 俺の弁明は二獣に通じず、ルチアは真っ赤な顔を両手で覆って通訳を出来ずにいるが、青龍も玄武もツンデレを解したようだった。

 わかってないのは、俺の本心だけである。


『白虎の言葉の裏にある本心を読んでみよ。つまりツンデレとは、そういうことじゃ。恐れずに白虎を招くとよい』

『……知っていたのか、我が本心を』

 玄武は微かに笑みを浮かべて、ズブズブと沈んでいった。青龍は自嘲し、見えない俺に声を掛けた。


『レイジィよ、白虎を呼んでくれ。話がしたい』

「その前に、ミアとの婚約を破断にしないと修羅場になるわよ?」

『おおルチアよ、よくぞ気づいた。ミアよ、白虎の代わりにして申し訳なかった。この婚約、破棄してよいか』

「あたし、レイジィと一緒なら何でもいいにゃ」

 青龍よ、婚約破棄の相手がミアで命拾いしたな。これがルチアだったら、好きでもないのに修羅場を見ている。


「あたし、もうお嫁さんじゃないにゃ。この重たい服もいらないにゃ」

「ミアはここで脱がないの! 私があっちで着替えさせてあげるから!」

 ルチアは衣装を崩したミアを止めて、ずるずると別室へ連れていった。あとは俺が白虎を呼び出し、青龍と一緒にするだけだ。


 何枚もの壁をすり抜けて、白虎が住まう広間へと再び向かう。扉から顔だけひょっこり出すと、白虎にガゥガゥガルルと吠えられまくった。

 だが、その目つきには微かな期待が覗いている。

『今度は何の用!? また青龍でしょう!?』

「そうだよ、話したいことがあるんだって」

『4951、シキューコイ。用があるなら、お前が来─────い!』

「ごめん、何それ。よくわかんないんだけど」


 白虎は文句を言いながらも俺のあとに着き、青龍が住まう広間の扉を肉球でぱふぱふ叩いた。

『白虎か!? 来てくれたのか!?』

 待ってましたと扉が開くと、白虎は少し狼狽えてから恥じらい混じりの憎まれ口を吐き捨てた。

『青龍が呼んだんでしょう!? 来てやったんだから感謝しなさいよね!?』


 かなり激しく口調だが、ツンデレ耐性を得た青龍はビクともしない。素直になれない白虎を慈しんでさえいる。

『よく来てくれた、心から嬉しく思うておる』

『あ……当ったり前じゃないの、バーカ……』

 恥じらう白虎は伏せた目をそっぽに向けて、青龍を斜めにチラッと見た。


 これで好きではないとしたら、何なんだ。もし、そうであるなら「おちょくるのも大概にしろ小悪魔め」と諌めるところだ。

 が、定まらない視線をチラチラと青龍に向ける様から、やっぱり白虎は青龍が好きなんだ、と改めてわかる。


 青龍は身体をくねらせ、白虎の視線を真正面から捉えた。白虎は小さく跳ねてから、上目遣いで青龍を見つめた。

『な、何よぅ……』

『すぐそばにいるのに、会えなくなると寂しいものだな』

『デカい図体しておいて、案外へなちょこなのね? 青龍のザーコザーコ』


 おい待て、これはツンデレではなくメスガキだ。

 そう指摘しようとしたところ、青龍が白虎の手を握った。白虎はハッとし、潤む瞳に青龍を映す。

『満たされないから、へなちょこなのだ。白虎よ、我を満たしてくれ』

『……こんな私で、満たせるっていうの?』

『我が心は、白虎の形で空いておる。ずっとそばにいてくれ』


 青龍に抱きしめられて、白虎は抗うことなく抱き返した。

 俺は心を揺さぶられ拍手を送ると、着替えを済ませたミアとルチアも部屋に入り、二獣の門出を祝福していた。


『あ、あんたたち、何見てんのよ!』

『白虎よ、あ奴らは我に協力をだな』

『もう、青龍のバカ! 意気地なし!』

『ぐふぉあ!? ま、待ってくれ、白虎!』

 白虎は恥ずかしがるあまり、青龍を殴って自室に帰った。大いなる一歩を踏み出した青龍だったが、まだツンデレへの迷いがあった。

 頑張れ青龍、負けるな青龍、白虎が素直になる日まで……。

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