第90話・魔女に与える鉄槌
ルチアが合わせた照準は、捨て身のミアに狂わされた。魔弾は崩れ、電弧は飛び散り、飽和する瘴気がルチアを包む。逃げ場を探した憎悪の集合体は、冒険者たちの周囲を舐めた。
恐れおののく冒険者たちは、怒りをふつふつ沸き上がらせて次の手に出る。
「今がチャンスだ! 態勢を立て直せ!」
「みんな! もうやめるにゃん!」
「ええい、邪魔だ! 僧侶、束になってかかれ!」
ベテランの指揮に、ミアがルチアの助命を願う。潤んだ瞳に縋りつかれて、冒険者たちは冷たくミアを払いのける。
僧侶たちは、頭上の一点にメイスを向けた。それぞれが放った光が集められ、みるみる膨れ上がって黄金色に輝きはじめた。
「ルチア! 早く逃げろ! 逃げるんだ!」
俺の叫びが届いても、まとわりついた瘴気の中でルチアは方向感覚を失っていた。粘りつくような煙から白く細い指が現れては煙に呑まれる。
『女神様、我らに力を……』
冒険者たちが一斉に祈りを捧げる。地の果てから這う聖なる光が冒険者たちへ、僧侶たちへと集っていった。それはメイスに吸い上げられて、頭上の光を膨張させる。
『くらえ! ホライゾン!!』
地上の太陽が破裂した。俺たちを真っ白に染めた聖なる光は、視界を奪われもがくルチアへ一直線に放たれる。まとわりついた瘴気を焦がし、成すすべのないルチアを焦がし、箒は黒い霧となって消え、大地を潤し豊かな緑を茂らせた。
ルチアが草むらにドサッと落ちると、冒険者たちは無数の切っ先を突きつける。それを制したのは俺でもミアでもなく、終始指揮を取っていたベテラン剣士だ。
「待て、みんな。こいつを倒したら余りある経験値を得られる。それを独り占めするのは、許さない」
「それじゃあ経験値は、みんなで山分けだ!」
「火炙りに処せ!」
「火炙りだ!」
僧侶が魔法を詠唱すると、ぐったりとするルチアは茂る茨にからめ取られた。そしてミアも、ルチアを守ろうとした罪を問われて捕縛された。
幽霊の俺には、縄も茨も掴めなかった。
【チア✕チア☆ダブルチア誕生の町】で、ふたりは檻で朝まで過ごし、ルチアは十字架に架けられた。その足元には掲げられていた看板やペナント、チア✕チア☆ダブルチアのグッズが積み上げられる。
魔女の最期を見届けるんだ、そう言われてミアは拘束されたまま、最前列に座らされた。
怒り、憎しみ、そして頼りにしていたチア✕チア☆ダブルチアに絶望し、街の先行きを案じる人々が浴びせる罵声の中、俺はルチアに寄り添い浮いた。
「ルチア……俺が死んでるばっかりに、助けられなくて、ごめん……」
しかしルチアは、哀しい笑みで
「いいの、これが運命だもの。未来なんて見るもんじゃないね」
死を覚悟したようなルチアとのやり取りが、俺の脳裏に思い浮かんだ。
『距離を意識したのかしら? それでも、槍なんかじゃあ足りないわ。まだまだね』
『お、おい、ルチア。それじゃまるで、やられたいみたいじゃないか』
そうだ、アレックがブレイドたちのパーティーに加わったと聞いたときだ。ルチアは同じ不敵な笑みを浮かべている。
あのとき、すでに自身の運命を知っていたんだ。
「レイジィ、悲しい顔はしないで。定められた死に向かう、それが死を司る魔族の運命よ」
違う……ルチアは、そうじゃないだろう。
『レイジィは生命の価値をわかってる、そう思ったから! だから信じた! だから力になりたいって思ったの! 最強だか何だか知らないけど、求めて恵まれるのを望んで待っているだけ、そんなあなたは史上最弱よ!』
そう言ったのは、ルチアじゃないか。そう言ってくれたのは、ルチアじゃないか。だから俺は、ルチアを信じられたんだ。
定められた死が、ルチアの望みか?
死を待っているのが、ルチアの望みか?
ルチア、これもお前のセリフじゃないのか。
ハートを粗末にしないでね
ハートは大事なんだから
もしも粗末にしちゃったら
私がこの手で
「……レイジィ、何を考えてるの?」
「あ、いや、その、とにかく、大事な生命を粗末にするな! 俺は絶対にあきらめない。だからルチアも、生きるのをあきらめるな!」
そう啖呵を切ったものの、ルチアを縛る茨は掴めないし、これから火を放たれるチア✕チア☆ダブルチアグッズも、めらめら燃える火種も、死んでる俺にはどうすることも出来なかった。
こうなれば、ミアを後ろ手に縛る縄を……やっぱり触れない。魔族か、それに関連するものしか幽霊の俺には触れられない。
しかし、あきらめていなかったのは、俺だけではなかった。
「……ポッケの紙を広げてにゃ。レイジィ、ポッケの紙を広げてにゃ。レイジィ、ポッケの紙を広げてにゃ。レイジィ……」
同じセリフをループしている。見えない俺に届くまで、ミアはこれを続けるつもりだ。
言われたとおり、ミアのポケットから紙を抜く。それを広げて俺は絶句し、猫手でぱふぱふと地面を叩くミアの覚悟を悟った。
「ミア、絶対に後悔するなよ」
ぱふぱふしている縛られた猫手の下、ぷにぷにの肉球が当たるよう、俺は【MHKお試し契約書】を地面に敷いた。
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