第99話・あなた地獄に落ちるわよ

 ダンビラソードから放たれた聖なる光は俺をすり抜け、ルチアをかばい立ちはだかったバハムート・レイラーが受け止めた。苦痛に顔を歪めたのはほんの一瞬、軽々しくも憎悪に満ちた笑みを浮かべた。

『くっ……貴様らが倒した魔族の魂、我が呪信料じゅしんりょうとなっておるのがわからぬか』


 なぎ払われた聖なる光が、瘴気をまといブレイドたちに襲いかかる。ダンビラソードに結束したパーティーは、膝から力を失って崩れ落ちた。

「ナメんなやオラァ! おのれがレベルアップした分、わしらもレベルアップしとんのじゃ!」

 ダンビラソードを杖にしてブレイドが態勢を立て直す。ホーリーが回復魔法を唱えると、パーティー全員が光のシャワーを浴びて全回復した。


「これだから人間は嫌いよ! 生命を軽く見ないでくれる!? こうなったら……全滅させてやる!」

 ルチアが瘴気を募ると、バハムート・レイラーがそれを奪い取り、両腕に力を込めて魔弾に変えた。俺とルチアがハッとして仰ぎ見たバハムート・レイラーは、慈しむような哀しい笑みを覗かせていた。


 ルチアはその先を予感して、凍りついた。


「何度でもやり直せる、それが人間じゃあああ!」

 ブレイドはダンビラソードを再び構え、仲間たちから力を募る。刃が放つ輝きは、総裁の間を真っ白に染め上げていく。


「お外、お船がいっぱいにゃ!」

 ミアが指差した窓の外には、アレ✕スリグッズを満載した帆船が次から次へと着陸していた。朱雀が起こした霧を抜け、遅ればせながら到着したのだ。その甲板では冒険者たちが祈りを捧げて、ダンビラソードに聖なる力を注いでいる。


『貴様らの魂、このMHKが呪信料として徴収してくれる!』

 瘴気の魔弾に、いくつもの稲妻がのたうち回る。頭上には暗雲が立ち込めて、総裁の間を漆黒に染め上げていく。


 広間は光と闇に二分された。互いに蝕み、互いに打ち消し、その狭間では激しい火花が散っている。


 ルチアは踏みしめている足元に両手をかざし、光と闇の合間に結界を張った。そして父を仰ぎ見て、覚悟を決めた微笑みに赤い瞳を潤ませた。


 光と闇は、結界を砕いてぶつかり合った。広がる光と呑み込む闇が拮抗し、広間は明滅を繰り返す。闇が光を呑み込もうとし手の平のように広がると、圧された光が針のように闇の芯を貫いた。


「ガハアアアアアアアアアアアアアアアッ!!……」


 闇は張り裂け、バハムート・レイラーを貫いた。全方位から聖なる光を注がれて、白く輝き苦悶して断末魔の叫びを上げた。


「お父さあああああああああああああああん!!」


 耐えがたい痛みに耐えて伸ばされていったその指は、ルチアに触れるより先に瘴気を呑み込む光の粒となって消えていく。

 バハムート・レイラーに許されたのは、残されたわずかな時間に最後の言葉を、ルチアに告げるのみだった。


『ルチア、嘆くな。これが魔族の定めなのだ』

「……お父さん……」

『MHKを頼んだぞ──』


 ルチアを抱きしめようとバハムート・レイラーは身を寄せる。が、抱えるより先に腕が消え、寄せる身体が消えていき、ついには言葉を発する口元も、慈愛に満ちた眼差しも消え去った。

 そこには、バハムート・レイラーの残滓たる瘴気が渦となって残るのみ。


 呆然と立ち尽くしていたルチアから激しい憎悪が沸き上がり、どす黒い火炎となって燃え上がった。


「軽々しく生き返って、軽々しく魔族を殺して……許せない、根絶やしにしてくれる!!」


 ルチアは虚空から杖を出し、その先端に紫色の炎を灯した。そこからは煙ではなく、瘴気がもうもうと立ち上っている。


「ルチアさんのお父さんを殺したにゃ!? 許せないにゃ!」

 お試しながら魔族となったミアも加勢する。生き残ったアーマーナイトは、ブレイドたちに切っ先を向けた。死神は……鎌を持てないので固唾を呑んで見守っている。

「私が地獄に落としてやるわ、覚悟なさい!」


 俺は、バハムート・レイラーの残滓を見上げた。

 これが総裁の望みなのか、魔族と女神様の人間は敵対するしかないのか、このあとのルチアや魔族の行く末は、と。

 いや、こんな世界は望んでいない。俺が望む世界とは……。


 ダメで元々と意を決し、バハムート・レイラーの残滓に飛び込んだ。


 聖なる光と消える瘴気が、俺の魂に集っていく。形作られた漆黒の指に、光の粒子が煌めいている。黒曜石のように艷やかな腕、脚、身体が姿を現し、黄金色に光り輝く甲冑を身にまとう。

 俺の身体が作り上げられた、その瞬間。漆黒の肌が光を放つと光と闇が弾け飛び、金色がかった肌となった。


 俺はついに、俺だけの身体を獲得したんだ。バハムート・レイラーの残滓を吸い取り、女神様の祈りを吸収し、俺はこの世界で生まれ変わった。

 白っぽい手の平を見つめて、握って開いてを繰り返す。床を踏みしめ足首をひねると、金色の靴越しに硬い感触を確かめられた。


 あたりを見渡すと、呆然と立ち尽くしているミアとルチア、アーマーナイトが取り囲むブレイド一行が目に映る。

 するとブレイドは勇者の顔で俺を睨み、ダンビラソードを両手に構えた。


「貴様が真のラスボスか!? バハムート・レイラーを継いだ生まれ変わり……バースト・レイラー!!」


 ブレイドよ、俺の死因を名前にするな。

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