第53話・君に幸せあれ

 頭上をゆく船の影が、次第に大きくなってきた。前方に見える港に接岸するため、高度を下げているのだ。

 ルチアは箒を操って、船の様子を横から伺う。

「着水は難しいから、みんな前を見てるにゃん」

「じゃあ、今がチャンスね」

 箒を大きく横にらし、港町の端っこの砂浜へと飛んでいった。


 ルチアとミアが両足を伸ばし、砂浜に轍を作る。慣性を殺して止まった先には、瓦が載った白い壁。古代中国風の城塞都市だと、ひと目で察した。

「ここが、エルフのいすゞがいた東の国かしら?」

「俺の勘だと、違う気がする。特に理由はないが、何となく」


 そう辺りを見回していると、背後から

「そこで何をしておる、曲者くせものめ!」

と、突然現れた鎧兜の大男に捕えられ

「ちょっと、何するのよ! こんな縄、燃や……」

「あっちぃ! あっちぃ! お毛々燃えるにゃ!」

と、ミアが泣き叫んだのでルチアが躊躇した、その隙に

「うぬっ、妖術か。ならば封じてくれるわい」

と、魔術を護符に封印されて成す術もない。


「レイジィ、助けてにゃあああ」

「そうよレイジィ、何とかしてよ!」

 最強の魔女と思われるルチアを一瞬にして無力化させた護符。どれだけ強力な魔力なんだ、このままではルチアもミアも危ない。だが……

「死んでるから、縄も御札も触れないんだよ」

と、幽霊の俺もまた無力、護符の力を前に完敗だ。憑依出来そうなものも見当たらず、ただただ虚しく焦るばかり。


 捕縛されたルチアとミア、封印を解こうとする俺が連れられたのは港の正面。屋根がついた朱色の門を通り抜けると、反り返った瓦屋根がズラリと並ぶ紅白の街並みが広がっていた。


 そこかしこには、一緒に乗船していた冒険者たちが闊歩して、囚われのルチアに騒然とした。

「おい、チア✕チア☆ダブルチアのルチアだぞ」

「何故、捕縛されている……禁忌に触れたのか?」

「船からいなくなって心配したけど、不法侵入?」

 でも、誰も助けようとはしてくれない。一歩足を踏み出そうとした者も、大男を目にしてしおしおと群衆の中に埋まっていった。


「何よ! さっきまでファンとか言ってた癖に!」

「助けてにゃあああ! お腹空いたにゃあああ!」

「縄も御札も掴めねぇ! どうすりゃいいんだ!」

 いかれるルチア、腹が減って泣き叫ぶミア、掴めぬ縄や封印と格闘し続けている俺は、朱塗りの門扉の前まで連行された。


『待たれい』

 いかめしい声を見上げると、門の屋根で渦巻く火炎が鳳凰の姿を現した。鎧兜は膝を折ると、誇らしげに報告をした。

「これは朱雀様。浜を警護しておりましたところ、妖しげな女を捕えましてございます」

 朱雀なる鳥は鋭い目つきを俺たちに刺し、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

『ふむ……大儀である。進むがよい』


 鎧兜が「はっ!」と勇ましく返事をすると、誰が動かすでもなく門扉が開いた。

 その中は、古代中国みたいな文人武人が忙しなく往来していた。俺たちをひと目見るなり足を止め、ひそひそと噂話に興じはじめた。

「あれを見よ」

「何たる格好じゃ」

「あな、妖しげな……」


 どうやらフリフリフリルの可愛さ爆発【アイドルのドレス】が異様に映っているらしい。

 正直、こんな格好でうろうろすれば、誰にだって異様に映る。

 畜生、レチアだったときに女の子装備をルチアに押しつけるんだった。


「私たち、殺されちゃうのかなぁ……」

「死んだらレイジィとお揃いにゃ!」

「「ちっとも嬉しくない!」」


 緊張感の欠片もないやり取りさえも鎧兜は無視をして、正面奥の建物へ俺たちを連れて入っていく。

 そこにいたのは居並び礼をする女たち。そして、地面からズブズブと湧いて出てきたデカい亀。門番が朱雀ときたら、玄武だろうか。

『それ、何奴じゃ』

「妖しげな女を捕まえましてございます」

『うむ、大儀である。進むがよい』


 玄武が地面に沈んでいって、阻まれていた行く手が開く。更に俺たちは迷路のような建物を奥へ奥へと連行されて、豪華絢爛な扉の前で立ち止まる。

 鎧兜が扉を開くと、そこより先はない最後の広間だったが、そうと気づくより先に俺たちは絶句させられた。


『何用じゃ』

と言ったのは、部屋いっぱいの青龍だった。身体をくねらせ、俺たちをいぶかしげに睨みつける。

 思い返せば朱雀、玄武ときたのだから青龍がいても不思議はない。ならば、あとは……と思ったそのときだ。


 青龍は身体を伸ばし、俺たちに鼻先を突きつけてきた。当然、鎧兜のそばにも寄ったわけだが、その彼は畏怖して震えている。

「浜で捕えし、妖しげな女にございます。いわく、妖術を使うとか」

 絞り出された鎧兜の声に、青龍は『ほう』とだけ呟いてほくそ笑む。


『げに妖しげ、いと妖しげな女であるな』


 ヤバい、食われる、護符や縄と格闘するでなく、憑依出来る死体か、レチアのように人形を探すべきだった。壁をすり抜け、各部屋を回ろうとした次の瞬間、俺たちは耳を疑った。


『妖しい女、我が妻となるがよい』


 捕えられたのが急転直下、青龍からのプロポーズだ。ルチアも俺もギョッとしたが、ミアはノンキに

「おめでとうにゃ! ドラゴンの奥さんだにゃ!」

と、人生の大きな大きな舞台に立ったルチアを祝福している。


 突然の求婚に、ルチアは動揺するばかり。真っ赤な顔を吊り上げて、わらう青龍に啖呵を切った。

「私、まだ結婚なんてしないんだからね!? 勝手に決めないでくれない!?」

 すると青龍、怒りを露わに牙を剥いた。ルチアは思わず威勢を失い、恐れおののく。

『うぬぼれるな、お前ではない!』

 そう言った青龍が指差したのは……


「……あたし、お嫁さんになるのかにゃ?」


 まさかまさか、ミアが青龍に見初められた。

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