73話 さよなら
「カイト……!?」
だんだんと薄くなっていくカイトの身体。
ミナミが、慌てて彼のもとへ駆け寄った。
「はは、なんだかデジャブですね」
自嘲するように、カイトが言う。
「何言ってんのよ! 何、勝手に消えようとしてんのよ!?」
肩を掴もうとした手が――すり抜けた。
いつもなら、感触があるはずなのに。
ミナミの目に、じわりと涙が滲みだした。
「……また、泣いてるんですか」
「泣かせてんのはアンタでしょ!!」
大声をあげて泣く幼馴染み。
最期に頭を撫でるくらいはしようと、カイトは手を伸ばそうとした。
――しかし、その手はもう手遅れなほどに透けていて、何かに触れることなど不可能だった。
「笑ってください、ミナミさん」
穏やかな声で、そう言い聞かせる。
「地獄が終わるんです。僕が消えることで、あなたたちは生き残り、囚われた魂は浄化されるんです。もう2度と、繰り返されることはありません」
「何言ってんのよ……」
震える声で、ミナミは言う。
「魂が浄化なんて、アンタはそんなこと言わないっ! アンタ、オカルト一切信じないでしょ!」
「ミナミさん……」
困った顔で、幼馴染みの名を呼ぶ。
残された時間は少ない。目を泳がせながら、必死に話題を模索する。
思考を巡らせて、大切なことを伝え忘れていたことに気づいた。
「僕の家が、おてんきさまっていう神様を祀っていたのは知ってますよね」
「知ってるわよ! それが何よ!」
「おてんきさまは……彼だったんです。地獄を起こした、てるてる坊主だったんですよ」
ミナミの目が、こぼれそうなほど見開かれた。
「僕の先祖は、彼を生贄にし、祈りを捧げた一族なんだそうです」
続いて、シュウヘイとサトリも、その表情を驚愕に染めた。
「……因果応報って、本当にあるんだね」
サトリが呟いた。
「本当、驚きです……よ」
おかしそうに笑うカイトだったが、だんだんと喋りにくくなっていることに気づいた。
終わりはもう、すぐそこに来ている。
「どうやら、時間のようです」
カイトの身体は、もうほとんど透けてしまった。
彼の後ろにあるステージのほうが、鮮明に見えてしまう。
「いやだ!」
ミナミが叫んだ。
「アンタのいない日常なんて、考えられないんだから! いつもみたいに、変な行動してみせてよ! その独特な喋り方で、笑わせてよ! 死ぬのだって、冗談って言ってみせてよ! アンタのこと、大好きだったんだから!!」
泣きじゃくりながら、心の底に隠していた本音をぶちまけるミナミ。
あまりの嬉しさに、カイトは今にも天に召されそうになっていた。
「ミナミさん。僕だって気づいてくれて、ありがとうございました」
にやけたくなるのを必死にこらえて、カイトはそう言った。
そして、後ろに立つシュウヘイとサトリに目を向けた。
「シュウヘイ君。お元気で」
「おう。さっきのお前の顔、めっちゃキモかったぞ」
「ん"なっ!?」
ショックを受けながらも、カイトは続いてサトリに目を向けた。
「……あのぉ、どなたで」
言葉の途中で、カイトは消失した。
なんとも歯切れの悪い退場に、思わず吹き出すシュウヘイ。
ミナミの涙も、すんっと引っ込んだ。
誰もいなくなったステージの正面。サトリは、心の底から叫んだ。
「いや、きみだれだよ!?」
――遠くから、サイレンの音が鳴る。視界が暗くなっていく。
3人の意識は、だんだんと薄れていった。
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