幕間

Aの追憶

 僕は雨宮海人あめみやかいと

 こう見えて、神社の子どもです。

 でも僕は、家が大嫌いです。


「カイト。"おてんきさま"のおかげで、私たちは今生きているんだからね」


 これが母親の口癖でした。

 何でも、うちの宗教では、「おてんきさま」とかいうよく分からんものを崇めているらしいです。

 朝起きたら、木でできた女子トイレの模型みたいなやつにお祈りをし、夜寝る前に供物を捧げる。それがうちの義務で、当然僕にも強制してきました。

 この行為に、一体全体どういう意味があったのでしょう。僕にはまったく分かりませんでした。

 一度日課をサボった時は、僕の両親はものすごい剣幕でキレてきました。その日は大雨だったにも関わらず、家に入れてもらえませんでした。


 そもそも、「おてんきさま」とは何なのか、彼らは微塵も教えてはくれませんでした。


 ですが、これだけは分かりました。

 大人の間ではけっこう有名な神様? らしいということです。

 それ以外、「おてんきさま」がなんなのか、さっぱり分からないのです。


 そうして、いつしか僕は、「非科学的なモノ」を嫌うようになりました。

 霊、妖怪、怪奇、神、宗教。

 それら全ては嘘っぱちなのに、どうして信じて止まないのか。

 そんなもののために、どうして無意味な行動を強いられるのか。

 そんなもののために、どうして思想を強制されなきゃいけないのか。


 あり得ないモノ、存在しないモノ。人の妄想の域を出ないモノ。

 僕は、心の底から嫌悪しました。


 だから……、だからこそ。

 僕は生きとし生けるものに執着しました。

 今、この世界を生きている者こそが素晴らしい。

 人間、ネコ、イヌ、ウサギ、にわとり、水生生物。

 目についたものを、片っ端から観察しました。……怒られました。


 そうして、てるてる坊主を見た時。

 僕は正直感動しました。


 ああ。

 人間にも、神様のようなことができるようになったんだ、って。

 ですが、彼らの正体が、「人ならざるモノ」だと分かってくるにつれて、むしゃくしゃするようになりました。

 さんざん自分を苦しめてきた「空想上のモノ」が、当たり前のように目の前にいる。

 そんな現実、受け入れたくなかったんです。


 でも……。

 僕は、気づいてしまいました。

 てるてる坊主も、さっちゃんも、ミケも。

 みんな「人間」で、「人間だった」ということに。


「カイト……ッ、カイトおおおおおッ……!」


 暗闇の中で、彼女の泣き声が木霊しています。

 どうやら、死んでからも意識があるのは本当なようですね。

 こちらからは何も言えないのが、とても歯がゆい……。


「うわぁあああああん!」


 そんなに泣かないで、ミナミさん。

 あなたは、こんなはみ出し者の僕にも、平等に手を差しのべる優しいひとです。

 あなたはどうか、生き延びてください。


 そして、願わくは「彼」を――「おてんきさま」を、救ってやってください。


 ◇ ◇ ◇


「アンタ、またストーカーしてんの?」


 ミナミさんが、いつものしかめっつらで聞いてきました。


「当然です。やはり、生き物は素晴らしいですね」

「もう……やめなよ。ウサギさん怖がってるじゃん!」


 彼女の指摘どおり、飼育小屋のウサギは僕に怯え、すみっこでプルプルと震えていました。

 ですが、嫌われようが僕はいっこうに構いません。


「ふむ……。ウサギは震えると、こんな風に揺れるんですね。この時、血管の収縮はどうなっているのでしょう」

「きっっしょ!!」


 心外です。

 言い返そうと思ったら、ミナミさんは僕の首ねっこを掴んできました。


「これ以上ウサギさんをイジメたら許さないんだからね!」


 ずるずると引きずられるかわいそうな僕。

 その時ちょうど、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴りました。

 ああ、邪魔が入らなければ、あと2分は観察できたというのに。無念です!


 それにしても、この日高南美ひだかみなみという女子は、ことあるごとに僕に構ってきました。


「ちょっと! 雲の流れなんて見てないでちゃんと掃除してよ!」


(……どうして雲を見てると分かったのでしょう)


 雲の流れから、これから雨が降ることを悟りました。


「マジ!? 傘もってきてないんだけど!」


 僕は、無意識にまた人差し指を下に向けていたようでした。


「ねぇ!! カナちゃん怖がってるじゃん! ストーカーやめてって! 代わりに私のこと観察してて!」

「いえ。あなたのことは観察し尽くしました。何ならハズカシイことも――」

「ぎゃーーーー!」


 顎を蹴られました。

 死ぬかと思いました。


「カイト!! アリの行列なんて見てないで実験参加して!!」


「カイト! ボール来てる! ボール来てるから……ってきゃあああ!?」


「カイト、おはよう!」


「カイト……」


 思い返せば、幼馴染みというより、母親という感じでした。

 それにしては、少々おっちょこちょいで、抜けていましたが。

 というか、同い年なのに何を世話焼いてんだ、と思いましたね。口うるさいし、しつこいし、ヒステリックだし……。

 ……でも、まあ。彼女との時間は、悪くはありませんでしたね。

 彼女がいたからこそ、僕は僕でいられた。

 そう思えるんです。


「――――――イト、カ――――ト……」


 彼女の声が、遠のいていきます。

 どうやら、この世とのお別れも近いようです。


 死んだらどこへ行くのでしょう。

 空想への答えが知ることができるのは、非常に楽しみです。


 それでは、また。






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