28話 ねこふんじゃった・終幕

(なんで……、なんで、なんで鳴らねぇ!?)


 ――ユウスケは焦っていた。

 押し相撲以降、いっこうに猫の声が鳴らなかったのだ。

 勝負が始まる直前に取れた2つを最後に、肉球を得ることができていない。

 残りのマスはあと1ターン分。

 そのうえ、肉球の数は下から数えた方が早い。

 このままでは、最下位になってしまう――。


【Aチーム、移動を開始するにゃん!】


(頼む、踏め踏め踏め踏め踏め!!)


 心の中で懇願しながら、ユウスケは残りのマスを移動する――が、猫の声は鳴らなかった。


【Aチームの移動可能範囲がなくなったにゃん。ユウスケにゃんは、ゲームが終了するまで動けないにゃん】


 さーっと顔が青ざめる。

 あとは、他のチームが肉球マスを踏まないことを祈るのみとなったが――そのときは、あっという間にやってきた。


【桑原にゃん、肉球2つゲットだにゃ! っとここで――】


 立ち尽くすユウスケに、スポットが当てられた。


【すべてのチームが、Aチームの肉球の数を超えたにゃん。Aチーム、脱落だにゃ!】


「ふざけんな!! こんっ……こんな、ビリなんぞ認め――――」


 怒鳴り散らすユウスケの顔面は、三等分に切り裂かれた。

 ビチャビチャと、タイルに血と肉がぶちまけられた。


【チームのみんなも、脱落だにゃ!】


「ぎゃっ!?」

「ぎぇっっ!!」


 小さな猫又たちが、次々とAチームの者たちの動脈を切り裂いていく。

 鮮血が飛び散り、床を、壁を……人を、真っ赤に染めていく。


「な……っ、なんで、わたしが死ぬの!?」


 返り血を浴びながら、ミツキはステージに向かって叫んだ。


【なんでって。当たり前だにゃ。キミのチームが、負けたからだにゃん】


「そんな――っ」


 確定した死の前で、不確定な「豪運」はあまりに無力。

 ミツキの首は、あっけなく切り裂かれた。


「ここまでの、ようですね……」


 ぽつりと、カイトが呟く。


「なんで冷静なのよおおおお!?」


 いつもの口調を保てなくなったエリカが、泣きながら叫んだ。


「え、ふつうに怖いです」


 いたって冷静な表情で、下を指さすカイト。

 そこに目を向けると、彼の足は形容し難い面白い動きをしていた。


「っっあはははははははははははは!!」


 上品さをかなぐり捨て、エリカは豪快に笑った。


「変なの」


 ――ざしゅっ。

 エリカの首もとを、凶刃が裂いた。

 猫又たちの目線が、カイトに向けられる。


「ふ、次は僕ですか。ど……」


 強がって、「どんと来いです」と言おうとしたが、さすがに無理だった。

 猫又たちは爪を剥き出しにして、カイトに飛びかかった。


「カイトッッ!!」


 今際の際、視界に映るは口うるさい幼馴染み。

 彼女は泣きながら、一直線にカイトへ向かって走っていた。


 やめろ。

 来るな。

 見るな。

 死に際なんて、見せたくない。


 だが、カイトの心中なぞ知らないミナミは、一直線に向かってくるのを止めない。


 ……なら。


 なら、せめて。


 悲しませぬよう、最期の言葉を。


 カイトは人差し指と中指を立てて揃えると、こめかみの辺りに添えた。


「アデュー」


 ミナミが目を見開いたのを最後に、カイトの意識は消失した。


 猫又たちに動脈を裂かれたカイトは、どさりと床に倒れ込んだ。


 


【あのー。離れてもらっていいかにゃ】


 ミケが苦言を呈するのは、4年生と2年生の姉妹。天神風華てんじんふうかと、天神穂乃果てんじんほのかの2人だ。


「いやっ。いやいやいやっ! はなれないっ!」

「ホノカ、離れて、離れなさい! 早くしないと、ホノカまで殺されちゃうよ!!」

「いやっ!」


 ひたすら首を横に振りながら、姉に抱き着いて離れないホノカ。

 勝ち残ったホノカに、手を下したくないミケだったが、このままでは猫又の振り回す爪に巻き込まれてしまう。

 かと言って、このままぐだぐだと進行を遅らすわけにはいかなかった。


【やむを得ないにゃ。ホノカにゃん、巻き込まれたら自分を恨むんだにゃ】


 猫又の爪が構えられた、その時だった。


「ホノカちゃん」


 高橋が、ホノカの肩に手を置いた。

 びくん! と小さな肩が跳ねた。


「おねえちゃんを困らせてはいけないよ。おねえちゃんは、ホノカちゃんに生きてほしくて言ってるんだ」

「でもっ……、でも……」


 顔を青ざめさせながらも、姉と高橋を交互に見るホノカ。

「まだ一緒にいたい」という願いと、高橋への恐怖との間で揺れ、混乱しているようだ。


「ホノカ……」


 死への恐怖に怯えながらも、フウカは精一杯笑顔を作った。

 ホノカの力が緩んだ隙に、高橋は姉妹を引き離し、ホノカの目を手で塞いだ。


「生きてね!」


 ――ザシュッ。

 勢いよく噴き出た血は、高橋の背にかかった。


「うわあああああああああああああああああああん! おねえちゃああああああああああああああああああん!!」


 高橋の腕の中。

 悲痛な泣き声が、辺りに響き渡った――。




【さぁ、最後の1人だにゃ。柴田にゃん】


「保護者としての立場である私を残すとは、いい性格してるね、キミ」


【……死ぬことが、怖くはないのかにゃ】


「はっは! まさか。怖いに決まってるさ。でも……、こんな空間に居続けてたら、麻痺もするよ。何より、案外"普通"な人間ってのはいないもんだなぁって、思い知らされた」


【……】


「普通そうに見えても、社会に溶け込むために仮面を被っているに過ぎない。大人はもちろん、子どもたちも。秩序が崩壊すれば、たちまち内に秘めた狂気をさらけ出すんだって。今までのゲームを通して、思い知ったよ」


【当たり前だ。大の大人がそんなことも分からないだなんて、ずいぶんと平和になったもんだね】


「おや。もう、猫のフリは止めたのかい? 招き猫にとり憑いている、


【――これ以上の問答に意味はないにゃ。それでは、ご機嫌よう。柴田にゃん】


 ザシュッ……。

 柴田は大量の血を噴き出し、倒れた。




 犠牲者……児童30名、教師1名。

 残り、115名。



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