27話 ねこふんじゃった・8ターンめ、そして……。

 8ターンめが始まった。


 Aチーム。


(悪あがきするしかねーよな……)


 ユウスケは苦い顔で、前へ5マス直進する。

 猫の鳴き声が、2回鳴った。


「っし……」


 条件反射で、ガッツポーズが出た。


 BチームとCチームは、再び並走が始まった。

 端に到達するまで、ひたすら左へ行くだけの作業だ。


 続いて、Dチーム。

 チヒロは前へ2マス進み、ユウスケの移動範囲を遮断した。

 そして、そのまま左へ行って、さよならするかと思いきや――。


「……っ!?」


 何故か、ユウスケの方に進んだ。

 そちらに進んでしまえば、彼女の移動範囲も大幅に狭まってしまうのにも関わらず、だ。

 チヒロはギロ、とユウスケを睨むと、なるべく彼の退路を塞ぐように前へ行き――ユウスケのマスを踏んだ。


【あ~っと、まさかの押し相撲タ~イム!】


 盛大なシンバルの音が鳴った。


「――おい、どういうつもりだ」

「…………」


 チヒロは何も答えない。

 ただただ、恨めしそうにユウスケを睨むだけだ。


【ユウスケにゃんのいるマスと、チヒロにゃんの進んだマスが重なったにゃ! そのマスほしけりゃ、相手を押しのけろ~っ!】


「ま、どうでもいいか。お前じゃ俺に勝てるわけねーもん」


 ケラケラと嗤いながら、ユウスケは両手を構えた。

 対するチヒロは、身動き一つしない。


「――ねぇ。あの人、ユウスケ、といいましたわね。あんな風だったかしら?」


 ひそひそと、エリカが言う。


「初見の良い人感はないですね。もう邪悪さしか感じられません」


 カイトが答えた。


「きみでも分からなかったの?」


 フウカが問うた。


「そりゃあ、こんな短時間じゃ見抜けませんよ! 長期間に渡って観察するからこそ、その人のシンズイが見えてくるんです!」

「キモ……」


「桑原先生は隠しきれていませんでしたが!」という言葉は飲み込む。

 熱く語るカイトを、フウカはドン引きして見た。


「まぁ、あれですよ。あのぉ――五月祐輔さつきゆうすけさんは、いわゆる、」 

「誰がうまいこと言えと」


 柴田が冷静にツッコミを入れた。


 一方、ゲーム場のマス目の上。

 ユウスケと対峙するチヒロは、す、と彼を指さした。


「……ま、え……が……」


 掠れた声が鳴る。

 明らかに話し慣れていない、たどたどしい唇の動きだった。


「あ?」


 ユウスケが聞き返した、その時。


「おまえにやられた!!」


 チヒロは目をかっ開き、勢いよく眼帯を外した。


「ひっ――」


 眼帯の下から現れた惨状に、ユウスケは腰を抜かした。

 空洞になった眼孔。

 焼けただれた瞼。

 膿んだ皮膚。


 一体、どういう仕打ちを受ければそんな風になるのか。

 それ程までに、彼女の目は崩壊していた。


 怒りか、武者震いか、あるいは怯えか。

 チヒロは震える手で眼帯を放り投げると、座り込むユウスケににじり寄る。


「おぼえてないのか。これ、おまえにやられた」


 観衆からは、チヒロの背中と、タイルにへたり込むユウスケの足しか見えていない。

 彼女の崩れた顔面は、罪人ユウスケにのみ見えている。


「は!? 覚えてねーよ! 誰だよてめぇ!」

か。じゃなくて」

「――――!」


 出てしまった綻びに、ユウスケは慌てて口を抑える。


「おまえは、あくじをかくすのがうまかった。ふだんは、いい人をえんじていたから」


 チヒロはその場にしゃがみ込み、ユウスケと視線を合わせた。


「ずっと、くるしかった。おまえのせいで、しゃべれなくなった。まいにち、こわかった。でも、1年生の子のゆうきに、はげまされた。わたし、おまえに、しかえしすることにした」


 そこまで言うと、チヒロはステージを見た。


「おしずもう。おしてないけど、こいつ、かってにたおれた。わたしのかち、いい?」


 ユウスケを指差し、問う。

 しばしの沈黙の後、ミケはくすりと笑った。


【いいにゃ。勝手に倒れたんだもんにゃ。仕方ないにゃ】


「なっ――!」


【と、いうわけで!ユウスケにゃんは別のマスに移動になるにゃ!】


 ミケの言葉と共に、複数の猫又が現れる。

 猫又たちは、ユウスケの肩口を噛むと、そのまま宙に浮かせた。


【ユウスケにゃんの移動するマスは――――ここだにゃっ!】


「ぎゃっ!?」


 ユウスケの体は、1つ奥のマスへ振り落とされた。

 だが、そこは――。


【これによって、Dチームのチヒロにゃんの移動可能範囲が消滅したにゃ。チヒロにゃんは、ゲーム終了までそこで待つにゃん】


「はっ、ばっかじゃねーの! 俺に勝ったつもりが、自分の首締めてらぁ!」


 すかさずユウスケが嘲笑した。

 だが、チヒロが悔しがる様子はなく、その表情はむしろ清々しいものだった。


「やるにしても、もうちょい頭使えよ。逃げ道の使える時になぁ!この✕✕✕✕✕(放送禁止用語)――」


「ユウスケェ!!」


 柴田の怒号。


「みっともないぞ! 悔しかったら、さっさと肉球集めてこい! その後、みっちり説教して、警察に突き出してやる!」

「ハッ、俺なんかよりもデスゲーム主催してる奴を突き出せよ。理不尽だな、ババア」


 もう、取り繕う気はゼロのようだ。


【良かったのかにゃ、チヒロにゃん。もうキミは、動くことができないんだにゃ】


 ミケの問いに、チヒロは迷いなく頷く。


「すっきりした」


 憑き物がすべて落ちたような、爽やかな笑顔だった。


【なら良かったんだにゃ! それじゃ、最後にEチーム。移動するにゃん……】


 そこからは消化試合だ。

 各々が、残されたスペースの中で、最大限にマスを踏んでいった。


 進んで、進んで、進んで。

 そうして、最下位になってしまったのは――。


【Aチーム、脱落だにゃ!!】





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る