64話 とおりゃんせ・高橋とホノカの場合後編

「コレがおねえちゃんだったとしても、ソッチに行ってはダメだ」


 自分の助かる道を捨て、怪物に魅入られたホノカを助けた高橋。その行動に驚いたのか、一瞬怪物の動きが止まった。


「なんで、なんでぇえええええええ!」

「あの世に行ってしまうからだよ!」


 高橋の言葉に、ホノカは目を見開く。

 病的だった表情も、平常のものへと戻っていく。

 高橋は瞬時に、姉に見えていたであろうモノが本性を現すと推測し、視界を覆い隠すようにホノカを抱きしめた。


「たかはし、せんせ……?」

「いいかい? 忘れてはいけないよ」


 背後から、凄まじい冷気が絶えず襲う。

 今すぐにでも逃げ出したい衝動を堪え、高橋は努めてやさしい声で諭す。


「真っ直ぐ、真っ直ぐ、右、右、左、右、真っ直ぐ、真っ直ぐ。分かれ道が来たら、その順番で行くんだよ。決して間違えては、いけないよ」

「わ、わかった。えっと……」

「真っ直ぐ、真っ直ぐ、右、右、左、右、真っ直ぐ、真っ直ぐ。繰り返して」

「まっすぐ、まっすぐ、みぎ、みぎ、ひだり、みぎ、まっすぐ、まっすぐ」

「……っ覚えるまで、繰り返して」

「分かった。まっすぐ、まっすぐ……」


 背中に襲い来るものが、威圧から痛みへと変わる。

 何をされているのかは分からないが、背中に鋭い痛みを感じ始めた。

 高橋は痛みに耐えながら、ホノカが覚えるまで何度も道を繰り返した。


「……ホノカちゃん」


 高橋はホノカを離すと、くるりと方向を変えさせた。


「せんせ」


 振り向こうとする小さな背を、とん、と優しい力で、けれど強く言い聞かせるように押す。


「絶対に振り向かずに、今覚えた道を、間違えずに行くんだ。何があっても、絶対に振り向いてはいけないよ。せんせいとの、約束。できるね」

「うん! わかった。せんせいは?」

「こら。振り向こうとしない」


 高橋は小さな頭をぐっと抑えた。


「せんせいは、ちょっと疲れちゃったんだ。きみをおんぶしてたからね。休んだらいくから、先に行っておくれ」

「むぅ……。わかった。せんせい、ぜったい来てね! ぜったいだよ!」

「ああ。分かってるよ……」


 タタタ……。

 軽い足取りで、石畳の道を駆けて行くホノカ。

 その姿が小さくなり、見えなくなると、怪物は本格的に捕食を始めた。


(……怪物にも、気遣う心があったんだな)


 皮膚を裂かれ、肉を抉られる。

 激しい痛みの中、高橋はぼんやりとそう思った。

 頭に思い浮かぶのは、子どもたちの笑顔。

 彼らが1年生の時から共に教室で過ごした思い出たちだった。


(ああ……。悔しいなぁ)


 ぽろりと、涙が零れる。


(みんなのこと、守りたかったのに。ホノカちゃん以外、全員死なせて。守ろうと思っていたやつが、黒幕と死体で。ほんとに情けないなぁ)


【分かんねーよな。だって高橋センセ、人の心なさそうだし】


『子どもイジメて楽しいの!? 大人げない、最低!!』


 子どもたちに投げかけられた、非難の言葉。

 本当にそのとおりで、弁解はできなかった。


(――幼い頃から、人の心というものが理解できなかった。なぜ叩いた程度で泣くのか。なぜくだらない発言で笑うのか。なぜ本当のことを言ったら怒るのか。まったくもって分からなかったな……)


 高橋幹人は、聡い子どもだった。

 しかし、人の感情の機微というものに極めて疎く、園児の頃から問題行動が目立った。小学生にあがる頃には、両親は愛想を尽かしていた。


(分からなかったから、死ぬ気で勉強したな。ヒトの言うまともになりたくて、どういう人物が好かれるのか、必死に模索した……)


 最初に、ヒーローものを繰り返し見た。

 鋼の肉体、鉄の精神。揺るぎない正義感、圧倒的な人望。

 これを目指せば、きっと正しい人間になれる――。そう思ったが、黒歴史と化した。


 次に目をつけたのが、小学校教師だった。

 たくさんの子どもたちに囲まれ、ニコニコと笑う仕事。

 これだ、と思った。

 純粋無垢な子どもたちに囲まれていれば、いつしかまともになれる。そう思い立ち、高橋は教師を目指した。


 元より成績優秀だった高橋は、難なく試験に合格し、夢を叶えた。

 思惑は的中し、高橋は、異常者から子どもに好かれるお兄さんへと変化することができた――はずだった。


(あ~あ。デスゲームなんて異常事態が発生しなければ、穏やかに過ごせたのになぁ)


 視界が黒ずんでいく。

 とおりゃんせの歌が、だんだんと遠のいていく。

 終わりが近いのだと悟る。


(……ホノカちゃん。どうか、きみだけは……生き延びて、ね……)



 ここはどこの 細道じゃ

 天神さまの 細道じゃ

 ちっと通して くだしゃんせ

 御用のないもの 通しゃせぬ

 この子の七つの お祝いに

 お札をおさめに 参ります

 行きはよいよい 帰りはこわい

 こわいながらも

 とおりゃんせ とおりゃんせ……





 7曲め・とおりゃんせ

 そもそもゲームの意図を理解できた者は極めて少なく、半数以上が脱落することとなる。犠牲者は児童18名、教師1名。


 残り、8名……。

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