63話 とおりゃんせ・高橋とホノカの場合 中編
「行き止まりか……」
寂れた祠にたどり着き、高橋は呟く。
祀られている神は厳めしい顔つきで、円状に太鼓を背負っている。
「天神様、か。なるほどね」
ちら、とホノカを見て呟く。すると、ポケットが不自然に熱を持った。だが、両手が塞がっているため確認する術はない。
「一応、お祈りでもしておくか。神様だしね」
ほんの気まぐれを起こし、高橋は目を閉じると、頭を下げて祈りを捧げた。願い事は、特にない。
「……さて。このゲームが"とおりゃんせ"の歌詞になぞらうものなら、元来た道を帰ればいいはずだけど」
くるりと振り向き、高橋は言う。
先には宵闇が続くばかりで、答える者は誰もいない。
「よいしょ。それじゃあ、行くか」
ホノカをおぶり直すと、高橋は石畳の道を進んでいった。
とおりゃんせ とおりゃんせ……
「うーん……」
「あ。起きた? ホノカちゃん」
「うん……」
目をこすりながら、まだ眠たげにホノカは答えた。
「いま、帰り道。まだ眠ってていいよ」
やさしい声で、高橋は言う。
「ううん。目がさめちゃった」
「そっか……。ん?」
直進のみだったはずが、なぜか左右にも道ができている。
「おかしいな。こんな道じゃなかったはずだけど」
「どーしたの? せんせい」
「……。ちょっとね」
曖昧な返事をして、高橋は思考を始めた。
(突然現れた分かれ道。うかつに進むのは自殺行為だろう。何か考えなければいけないな)
そうして真っ先に気になったのが、今もなお熱を持っているポケットの中。
ヒントのない状況では、少しでも感じた違和感を探るしかない。
「ごめん、ホノカちゃん。ちょっと降りてくれる?」
「うん、わかった……」
高橋はそっとしゃがみ、ホノカを下ろす。
自由になった手で、ポケットの中を確認した。
「直、直、右、右、左、右、直、直……。なるほど。この通りに進まなきゃいけないのか。止まってよかったな」
「どうしたの、せんせい?」
「なんでもないよ。また、のるかい?」
高橋が背を向けると、ホノカは首を横に振った。
「ううん、だいじょうぶ」
「わかった。じゃあ、手をつないでいこう」
「うん!」
差し出された手を、ホノカは笑顔でとった。
紙のとおり、真っ直ぐ進んだ、その時だった。
【とお~りゃんせ とおりゃんせぇ】
遠い後ろから、不気味な歌声が鳴る。
今まで聞こえてきたものとは、明らかに別のものだ。
歌声は、ゆっくり……、ゆっくりと、2人へと近づいてきている。
ゾゾゾ――――。高橋の身体に、戦慄が走った。
(何だ……? 何なんだ、この感覚は……?)
全身を駆け巡る気持ちの悪いもの。
心臓を握られているかのような緊張感。
今すぐ逃げ出したいという衝動――。
身に着けた知識から、その感情の名は「恐怖」であると理解する。
だが、生まれて初めての感覚に、高橋は戸惑っていた。
「――おねえちゃん」
突然、ホノカが手を離し、逆へと進もうとした。
「ホノカちゃん!?」
慌てて手を掴み、引き留める。
高橋は、振り返ったのである。
そう、振り返って、しまった――。
【ちっと通してくだしゃんせ~御用のないもの通しゃせぬ~】
長い黒髪。
ぽっかりとした黒い眼窩。
裂けた口。そこから覗く赤い舌。
首に当たる部分から伸びた、蛇のような身体。
無数に生えた手足――。
あまりに恐ろしい怪物が、歌いながら追いかけてきていたのだ。
「――――」
声にならない悲鳴。
高橋は、恐怖のあまり立ちすくんだ。
指先の1つすら動かせない。
今すぐにでも逃げたいのに、体が言うことを聞かない――。
「おねえちゃん!」
怪物が迫ってきているというのに、逆に向かっていくホノカ。
あまりにも異様な光景に、高橋は目を見張った。
(何故……。この子には、アレが姉に見えているのか?)
幼い子どもが、喜々として怪物のほうへ走っていくさまは、さすがの高橋でも堪えるものがあった。
――止めなければ。ぐっと恐怖を押し殺し、高橋はホノカに追いついた。
「ダメだよ、ホノカちゃん! そっちに行ったらダメだ!」
「やっ! 離して! おねえちゃんのところに行くのぉおお!!」
手を引こうとするも、ホノカは激しく抵抗した。女児とは思えない力だった。その表情は病的で、なにかにとり憑かれているようだ。
「ホノカちゃんっ!」
「いやっ! いやあああああああ!!」
そうこうしている間にも、怪物は迫ってくる。
ガサガサと音を立て、不気味な旋律を歌いながら。
早く逃げたいのに、ホノカは動こうとしない――。
高橋は、だんだんと苛立ちを覚えた。
「ホノカちゃん! あれはお姉ちゃんじゃない! 化け物なんだよ!」
「ちがうううう! 化け物じゃないもん! なんでそんなこと言うの! せんせいキライッッ!」
ホノカは高橋の手を振りほどくと、怪物のほうへ走って行った。
(……いっそあのガキ、見殺しにするか)
心の奥にしまい込んだ冷酷な部分が顔を出す。
「っダメだ!」
首を横に振り、雑念を振り払う。
「そうだ。おれは決めたじゃないか。良い人間になるって!」
自身を奮い立たせるため、両頬を強く叩く。
震える足を無理やり動かし、高橋は走り出した。
怪物とホノカの距離が、あと数メートルにまで近づく。
異形の手が、ホノカを捕まえようと伸ばされた――その時。
「ダメだよ、ホノカちゃん」
高橋が、その間に割って入った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます