60話 行きはよいよい

 とおりゃんせ とおりゃんせ

 ここはどこの細道じゃ

 天神さまの細道じゃ


「ねぇ、ミナミ」

「なに?」


 薄暗い石畳の一本道を、2人は淡々と歩く。

 灯籠の明かりが、視界の横を通り過ぎていった。


「ゲームが終わったら、どうなるんだろうね」


 目を見開き、カヅキを見るミナミ。

 だが、すぐに目を伏せると、俯いた。


「……わかんない」


 ぽつりと呟く。


「そんなこと、考えもしなかった。終わんないって。そう思わないと、苦しかったから」


「……そ。アンタはもっと、前向きな子だと思ってた」


「カヅキちゃんが強すぎるのよ」


「そんなことないよ。私だって逃げたいもん。帰れるって思わないと、やってらんない」


「あはは、分かってないね。そういうところが強いって言ってるのよ」


「別に、普通じゃない?」


「ううん、カヅキちゃんは強いわ。こんな状況でも、希望を捨てないし、人らしい心をなくさないんだもん」


「そ、そぉ……?」


 カヅキの頬が少し赤らむ。

 照れ隠しに、髪を耳にかけてそっぽを向いた。


「……。もし、この地獄が終わるんだとしたら……」


 少しの間の後、ミナミはぽつりと言った。


「ママに会いたい……」


 ミナミの頬に、一筋の涙が伝った。

 悲痛な声で溢された言葉に、カヅキの目にも涙が込み上げる。


「――――っそれ、私もだなぁ!」


 誤魔化すように、顔を背けながら言う。

 涙声になっていたのを、ミナミは知らぬフリをした。



 行きはよいよい、帰りはこわい……



「行き止まりだ……」


 宵闇の中を進み、その先にあったのは古い祠。祀られている神様は厳めしい顔つきで、いくつもの太鼓を円状に背負っている。しかし表現されている神の威厳とは裏腹に、祠はところどころ蔦が這っていた。


「こっからどうすればいいのかな?」


 ミナミが問う。


「わかんない。……ん?」


 ふと、手に持った紙が熱を持ったのが伝わる。

 見てみると、文字が書いてあった。


『祈りを捧げよ。懺悔する者の帰りは明かし。罪業深き者の帰りは怖ひ』


「お参りしろってことかな? とりあえず手合わせよ」

「カヅキちゃんっ! とりあえずとか言ったらバチ当たるわよ」

「ヤッバ」


 既に手遅れな会話を祠の前で繰り広げ、とってつけたように2人は手を合わせた。

 願いはただ1つ。


 生きて、家に帰りたい。日常を取り戻したい――。


 あまりに当たり前で、陳腐な願い。されど、今は喉から手が出るほどに欲するもの。

 "普通"が、どれだけ幸せだったか。

 地獄のゲームを通して、嫌というほど思い知った。


「文字が変わってる」


 再び紙を見る。

 そこには、「帰り」の道順らしきものが書かれていた。


「右、右、左、直、直、左、右、左……。このとおりに進めってこと?」

「そういうことだろうね」


 ミナミの問いに答え、カヅキは後ろを振り向いた。

 相変わらず、直線上に続く道の先には、吸い込まれそうな闇が広がっている。

 おそらく、今度は一本道ではない。

 ひとたび道を間違えれば――――。


「行こう、ミナミ」


 カヅキが手を差し出す。


「うん。カヅキちゃん」


 差し出された手を、ミナミはしっかりと握り返した。

 道順を頭に叩き込んだ2人は、石畳の迷い道へと足を踏み入れるのだった。


 とおりゃんせ とおりゃんせ

 ここはどこの細道じゃ

 天神さまの 細道じゃ……

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