54話 拷問ゲーム⑥

 今までと同様、散らばった手足と飛び散った血は消滅した。

 しかし、心に負った傷は消してはくれない。


「あ……、あぁ……」


 傷つけたくないと、勝負を放棄したひより。

 憎悪を剥き出しにして殴りかかってきたクラスメイト。

 彼女の最期と、彼の言葉が、こびりついて離れない。


『おまえのせいで!!』


 ミナミの頭の中で、その言葉がずっと木霊していた。


「ごめんなさい……」


 ぽつりと、謝罪の言葉が漏れた。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」


 頭を抱えながら、ミナミは繰り返す。


「ごめんなさ――――」


 バシン!

 両肩に衝撃が走り、ミナミは顔をあげる。

 目の前には、真剣な顔をしたカヅキがいた。


「落ちついて! ミナミはなにも悪くないっ!」

「あ――――」

「大丈夫だから!!」


 憔悴するミナミを、カヅキは抱きしめた。

 背に回す腕に、ぎゅううと力を込める。


「あったかい――――」


 じんわりとぬくもりが伝わる。

 ミナミの目に光が戻った。


「……落ちついた?」


 そっと離れて、カヅキが問う。

 落ち着きを取り戻したミナミは、こくんと頷いた。


「気に病む必要はないよ、ミナミさん」


 高橋が言った。


「むしろ、喜ぼう。無傷で勝負を終えられたんだから。勝手に放棄して、勝手に死んだのはあっち――」

「うっ……うるさい!!」


 勇気を振り絞り、カヅキは叫んだ。

 高橋が、驚いたように目を丸くした。


「余計なこと言わないで……っ」


 涙目になりながら、カヅキはキッと高橋を睨みつける。


「……? どうしてそんなに怒ってるの?」


 憔悴するミナミと、怒るカヅキ。

 彼女らの感情が理解できず、高橋はきょとんと首を傾げた。

 高橋の反応に、子どもたちはゾッと背筋を凍らせた。


【はいはーい、そろそろ歌を始めてね~】


 てるてる坊主が呼びかける。

 そうして、4度めの地獄が幕を明けた。



 話し合い・Bチーム


「……もうやだ、怖いあの人」


 頭を抱えながら、サトリが言う。

 首を横に振る者はいない。誰もが、彼女とまったく同じ考えだった。


「高橋の地雷を回避しつつ、勝てそうな番号を選ぶしかない……」


 疲弊した声で、サトリが案を出す。


「地雷を回避するって……、どうやって?」


 シュウヘイが問うた。


「消去法だよ。3番と6番は、連続だから怒られる。そして8番は、


 Aチームの8番――それは、体操服を着た1年生。七枝夕しちしゆう

 1年生の数少ない生き残りだ。


「たしかに。おれも8番の子は選びたくない。良心が痛む」


 シュウヘイも同意した。


「じゃあ、どうするの……?」


 13番の女子が尋ねる。

 サトリはしばらく考えた後、口を開いた。


「そうだね、ひとまず――」



 話し合い・Aチーム


「相手チームが自爆してくれたおかげで、こっちが有利だ。しかも、次選ぶべき相手もはっきりしている。この調子なら、皆を生き残らせることができる」


 上機嫌で、高橋は言った。


「ねぇ、まさか……アオイを――4番を選ぶ、なんて、言わないよね……?」


 おそるおそる、カヅキが言った。

 高橋が、驚いたように目を丸くした。


「え? 4番よりも最適な相手がいた? なら教えてほしいな」


 顔を近づけ、問い詰める高橋。


「あの子は単独でミナミさんを――友だちを選んでしまった。罪悪感で、かなりメンタルがやられていると思うんだ。だから、次の相手に最適……」

「いい加減にして!!」


 高橋の胸板を押しのけ、カヅキは叫んだ。


「アオイは友だちなの! それ以上の理由がいる!? 子どもイジメて楽しいの!? 大人げない、最低!!」


 今まで溜まっていた恐怖、悲しみ、鬱憤。それらをぶちまけるように、カヅキは一気に畳みかける。

 ずっと我慢してきた反動で、涙がぼろぼろあふれ出した。


「――友だちじゃないよ」


 泣きじゃくるカヅキを冷たい目で見下ろしながら、高橋は言い放った。

 そして、耳元に唇を寄せる――――。


「アレは、きみを殺しに来る集団の1人。それ以外の、何者でもないんだよ」


 教師の言葉とは程遠い。

 冷たくて、残酷で、恐ろしい――まさに、悪魔の囁き。

 全身の力が抜け、膝から崩れ落ちるカヅキ。

 他の者も、ただ恐れおののくばかりだ。


「次の相手は、4番の子で決まりだね」



 思考・ショウタ


(どうしよう。どうしようどうしようどうしよう。あと1人死んだら、ぼくもゲームに入らなきゃいけない……!)


 1人、また1人と列に加わるのを見ながら、ショウタは1人焦っていた。


(ダメだ。考えるほど分からない。なんなんだよ、「シ」を引けって。ちくしょう、他の問題みたいに簡単だったら――)


 ショウタはぎゅっと目を瞑った。


(こうしてる間にも、どんどん犠牲者が……、いっそ、大声で手紙を告発するか? ……いや、全部言い切る前にてるてる坊主に殺される。どうする、どうするどうするどうする……!)


 頭を掻きむしり、搔きむしり。


 ――ふと、あることに気づいた。


(……あれ。やけに、静かだ。そういえば――)


 そこまで思考して、ショウタは目を見開き、立ち上がった。


「そうか……、そういうことだったのか……」


 1人呟くと、何事もなかったかのようにその場に腰を下ろす。

 そして、カイトから拝借したメモ帳を取ると、何かを書き始めるのだった。

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