34話 桃太郎・束の間の離脱

 ぞろぞろと、白線で引かれたコースを走り出すプレイヤーたち。

 体力温存のため、誰もが手を抜いて走った。


(先が思いやられるなぁ……。どうしよう……)


 走りながら、カヅキは不安に駆られていた。

 彼女は、高所恐怖症だった。

 桃太郎のゲームへの参加を渋っていた原因が、それだった。

「サル」「キジ」の種目名で嫌な予感がし、桃太郎の説明で絶望したという具合である。


(諦めない限り脱落しないとは言ってたけど……、逆に言えば、永遠にしんどい思いしなきゃいけないってことじゃない……。ああ……、浦島太郎にすればよかった)


「はぁ……、はぁ……っ」


 絶望感に苛まれるカヅキの耳に、荒い息遣いが届いた。

 ふと下のほうを見ると、隣で苦しそうにしながら走る、赤メガネの女の子の姿があった。


「ちょっと、大丈夫!? いったん休も!」


 カヅキは女の子の肩を抱き、コースから離れた。


「桃太郎、この子限界だから、休んでもいいよね!?」


 スタート地点に立つ桃太郎に向かって叫ぶ。

 桃太郎の顔が、怒りに染まった。


【この程度の走り込みで疲弊するなど、なんと軟弱な! まあ良い。完遂する意思があるのならな!】


「止めるわけないでしょ。再開は途中からでいい?」


【何を舐めたことを! はじめからに決まっておろう!】


「……ッこの熱血バカ人形!」


 悪態をつくと、カヅキは女の子と一緒に水道場へと向かった。


「おね……ちゃ……」

「カヅキよ。無理してしゃべらないで。お水飲もう」


 水道場に着くと、女の子は必死で水を飲んだ。

 何度かえずきながらも喉を潤すと、女の子はすっきりした顔でカヅキの方を向いた。


「助けてくれてありがとう。わたしは、3年4組の稗田葵ひえだあおい。よろしくね、おねえちゃん」

「こちらこそよろしく。私は村田華月むらたかづき、6年3組よ」


 2人は握手を交わした。


「さっそくだけど、わたしはこのゲームをクリアできないと思う」

「な――!」

「わたし、体力が他の人よりもないの。だから、体力勝負になった時点で、無理なんだ」

「だからって……! 諦めたら――」

「ようは、諦めなければいいの」


 アオイはなぜか、にっこりと笑った。


「このルールを利用して、わたし、やりたいことがあるんだぁ」


 手を両ほっぺたに当て、幸せそうにアオイは言う。

 カヅキは理解することができず、不可解の念を表情に浮かべながら首を傾げた。


「分からなくていいの。そういうわけだから、おねえちゃんはわたしに構わず、進んでほしいな!」

「でも――」

「いいから、行って!」


 アオイは立ち上がると、ぐっとカヅキの体を押した。

 その表情には恐怖のかけらもなく、満面の笑みが広がっていた。

 まるで、これからのことが楽しみで仕方ないといった顔だった。


「わ……わかっ、た……」


 大きなわだかまりを残しながらも、カヅキはアオイの言う通り、ゲーム場へと戻っていった。


「桃太郎~。最初から走んの~!?」


【同じことを言わせるでない! はじめからやり直しだ!】


「うへぇ」


 嫌々感を全面に押し出しながら、カヅキはしぶしぶスタート地点から走り出した。


(不気味な子だったなぁ……)


 そう思いながら、ちらりとアオイを見てみると、まだ休息をとっているようだ。


(かごめかごめの時みたいに、ゲームマスターの怒りに触れないといいけど……)


 ほどなくして、1周を終えた。

 だらだらと走ったおかげで、体力は消耗せずに済んだ。


(他の人のこと考えるのはやめよう。目の前の壁を乗り越えなきゃいけないんだから)


 目の前にそびえる木を見上げる。

 難なくクリアした者がちらほらいるようで、もう「キジ」に挑戦している姿が見受けられた。


「……っよし」


 カヅキは自分の両頬を叩くと、木の幹をがっちりと掴んだ。


「ぜったいに、生き残ってやるんだから!」


【……】


 木を登り始めるカヅキを、桃太郎はじっと見ていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る