31話 亀裂と、移動

 スクリーンに秒数が示されるとともに、ミナミは迷わず左――浦島太郎のところに並ぼうとした。


「待って!」


 ショウタが引き留めた。


「何よ」

「うっ……」


 ギロリと睨まれ、ショウタは何も言えなくなってしまう。


「その心は?」


 ショウタの肩にぽんと手を置き、シュウヘイが尋ねた。


「……多分、ワナだと思う」


 控えめに、ショウタは答えた。


「桃太郎は障害物競走、金太郎は何やってもいい相撲。この2つは、やることがはっきりしてる。だけど、浦島太郎は何をさせられるの? "魅惑的でない選択肢を選び続けろ"って、あまりにぼんやりしすぎてる。いったい、何を提示されるっていうのさ?」

「そんなこと言ったら、桃太郎だって、何が障害なのか分かんないじゃん!」

「桃太郎の難易度は"ふつう"。つまり、特別難しいのも簡単なのも出ないってことでしょ。いちばん安全なまである」

「へぇ~! ずいぶんぼんやりした理由だね! 私は信用できないな!」


 ミナミは、いやみたっぷりに言い放つと、今度は逆方向へ歩き出した。


「おい……!」

「私、金太郎行くから。じゃあね」


 シュウヘイが引き止めようとするも、ミナミは構わず「金太郎」のところへ並んだ。


「ええ……何でそうなるの……」

「おれらも行こう」

「シュウヘイ君!?」


 苛立ちを覚えるショウタの肩をぽんと叩き、シュウヘイは「金太郎」に参加する意思を示した。


「なんか分かんねーけど……、ほっといたら、ダメな気がする。ほら、浦島も言ってたろ。協力が重要になってくるって」

「そうだけど……」


 言いよどみながら、シュウヘイを見やる。

 彼の表情は真剣で、揺るぎない固い意思が表れていた。


「っ分かったよ! 死んだら恨むからね!」


 そうして、彼らは金太郎の場所へと並んだ。



【みんなあらかた並び終わったか~? 残り1分で選んでくれよな】


「う~ん……どうしよう……」


 カヅキは悩んでいた。

 右へ並んでは左へ行き、左へ行っては真ん中に並ぶ。

 2分間、ひたすらそれを繰り返した。


 浦島太郎はなんとなく怪しい。

 ……怪しいのは分かっているが、並んでいる人数が圧倒的に多いのに引っ張られる。

 そのうえ、確かめたいこともあった。

 行こうとしては躊躇い、躊躇っては行こうとしてを繰り返した。

 他のゲームはどうかというと、桃太郎は障害物の予測ができない以上、不安が残る。

 金太郎はやることが一番明白だが、「むずかしい」という難易度が引っかかっていた。


「うー……」


 どうしても決めきれず、カヅキは頭を抱えた。


「あの……」


 うんうんと唸るカヅキの服の裾を、誰かが引っ張った。

 振り向くと、赤いメガネをかけた女の子が、遠慮がちにカヅキを見ていた。


「浦島太郎だけは、やめたほうがいいと思う」

「だよねぇ! やっぱり怪しいよね~!!」


 額に手を当て、カヅキは深刻そうに言った。


「浦島太郎の物語は、幻惑のお話。軽く流してる人が多いけど、浦島太郎って、けっこう怖い話だよ」

「そうかな? あんまりそうは思わなかったけど」

「だって、天国のような場所から帰って来たと思ったら、突然おじいさんになるんだよ」


 誰もが知っているはずの結末。

 しかし、改めて言語化されてみれば恐ろしい。

 カヅキは思わず、あっと口を覆った。


「今までのゲーム。かごめかごめ、さっちゃん、ねこふんじゃった。最初のてるてる坊主の言葉どおり、どれも歌に沿った内容だった。だとしたら、浦島太郎も――」

「やばい幻覚が襲ってくるかもしれないってことね」


 こくん。

 女の子は頷いた。


「なら、桃太郎か金太郎の2択だね。キミはどっちに――って!」


 スクリーンに目を向けると、残り時間はたったの3秒だった。


「やばいやばいやばい! とりあえず桃太郎にしよ!」

「あ、ちょっと――」


 考えるよりも早く、カヅキは女の子の手を引き、真ん中に並んだ。


【時間が来たから、締め切るぜ。そんじゃ、始めるとすっか】


 浦島の言葉とともに、別のゲームに並んでいた者の姿が消える。

 それぞれ、選択したゲーム会場へと転送されていった。


 浦島太郎を選んだ多数の者は、何もない暗闇へ。

 桃太郎を選んだ者は、校庭へ。

 金太郎を選んだ少数の者は、そのまま体育館に。


 各々の場所で、ゲームが始まるのだった――。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る