32話 金太郎・開幕
――体育館残留組・ゲーム「金太郎」
【よくオラを選んでくれたな。おめぇらの勇気、ほめてやるぞ!】
ドシーン、と音を立ててステージから降りると、金太郎は嬉しそうに言った。
着地した床は踏みぬかれ、その重量を物語っていた。
【ルールは簡単だ。ウラシマも言ったけんじょ、土俵からオラを追い出しゃ勝ちだ。それ以上のことはねぇ】
あまりに単純なルールに、その場の全員が困惑した。
「ほ、本当にそれだけなの……?」
ショウタがおそるおそる問う。
【おす。どんな手を使ってもええど。けんど……】
ズゥン……。
金太郎が、しこを踏んだ音だ。
とてもではないが、着ぐるみが出していい音ではない。
【オラ、おめぇらみてぇなひ弱な奴らに、ぜってぇ負げね】
そう断言する金太郎からは、百戦錬磨の猛獣のような気迫が放たれていた。
金太郎の威圧に、ショウタやシュウヘイはもちろん、他の参加者数名も気圧された。
「で? 土俵どこよ?」
淡々と言い放つのは、「ねこふんじゃった」で執拗に高橋を突け狙っていた、桑原愛美だ。
敵の重量感を目の当りにしてもなお、冷静さを保っている彼女に、他の児童は唖然とした。
【おめぇ、度胸あんな。気に入ったど】
金太郎はドスドスと数歩前に進むと、腕を組んで突っ立った。
【白い線が境だ。こっから外に、オラを追い出してみろ。オラは一歩も動かねーど】
金太郎の示す白線は、ステージから最も近く、体育館を最も大きく囲う線だった。
一歩でも後ろに下がれば踏み越えてしまうほど、金太郎と白線の位置は近かった。
「っバカにしてんの!?」
ミナミが激昂し、金太郎に向かって歩き出そうとする。
「ミナミさん……ッ」
「金太郎の話、知ってる?」
制止しようとするショウタを遮り、桑原がミナミの腕を取った。
「アイツ、熊と戦って勝ったのよ。まともにやりあえば、この人数……たった6人で勝てる相手じゃないと思うわ」
「はぁ!? それが何!?」
「なるほど、そうね。アンタたち、熊の恐ろしさを知らない歳よね」
桑原は、やれやれとため息をつくと、ミナミの腹部に思いきり拳を入れた。
「あ"っっ……!?」
掠れた悲鳴をあげ、腹を抱え込んでしゃがみこむミナミ。
桑原は間髪入れず、ミナミの頭を蹴り上げた。
「やめてください!!」
倒れ込むミナミの頭を踏みつけようとしたところで、シュウヘイが割って入る。
桑原はフン、と鼻を鳴らすと、ミナミから離れた。
「熊ってのはね。これの何百倍もの威力で襲い掛かってくるの」
プレイヤー全員に向かい、桑原は言った。
「私たちが今から相手にするのは、そんな猛獣を倒した怪物よ。心してかかるわよ」
桑原の言葉に、プレイヤーは皆、緊迫した表情で金太郎を眺めた。
(なんで……。なんで、こんなことに……)
朦朧とする意識の中、ミナミは自問した。
(私はただ……、朝起きて……、ごはんを食べて……、学校に行って……。クラスには友だちが……、カイトがいて……。そんな、当たりまえで、ふつうの生活を……送りたかった、だけなのに)
楽しかった日常の記憶が、走馬灯のように駆け巡る。
(こんなふうになるなら……全校集会なんて、何回だってやってくれていいのに)
ミナミの意識は、そこで途切れた。
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