25話 ねこふんじゃった・7ターンめ前編

 7ターンめ。

 Aチーム。


「俺を閉じ込めようったって、そうは行かねーぞ、っと」


 右へ2マス、奥へ3マス進むユウスケ。

 猫の鳴き声が、1回鳴った。


 Bチーム。


「ふふ、ぬかったわね、高橋君!」


 桑原は、高橋の真横を通り過ぎると、右へ1マス、手前へ1マス移動した。

 ネコの鳴き声が、1回鳴った。

 そして――。


【押し相撲ターイム!】


 シンバルの音が鳴る。


【桑原にゃんのいるマスと、高橋にゃんの進んだマスが重なったにゃ! そのマスほしけりゃ、相手を押しのけろ~っ!】


「さぁ、やろうか」


 両手を出す高橋。


「せんせぇええええええ!!」

「負けないでーーー!」

「がんばれーー!」


 子どもたちの声援が鳴る。

 答えるように、高橋はにっこりとして手を振った。


「せんせい!」


 1人の女子児童が、叫んだ。

 彼女の名は、天神穂乃果《てんじんほのか》。フウカの2つ下の妹である。


「どうしたのかな? ホノカちゃん?」

「う、あの、えっと……」


 ホノカはしどろもどろしたあと、怯えた目で高橋を見た。


「……ちょっとは、てかげんしてあげてね」


 ホノカの言葉に、高橋ははっと目を見開いた。

 そして、申し訳なさそうに眉を下げた。


「ごめんね。それはできない」


 そう言うと、桑原に向き直った。


「せんせいは、きみたちを守らなきゃいけないからね!」


 高橋は、桑原を押そうと両手を前に出した。

 桑原は、にぃっと笑った。

 彼女は素早い動作で、高橋の腕を取ろうとする。


「っあぶないなぁ」


 捉えられるより早く、高橋は腕を隠して姿勢を直した。


「っ!?」

「もちろん合気道はダメだよね、ミケ君!」


 桑原が次のアクションに移るよりも早く、高橋が大声で問いかける。

 すると、ミケの目が金色に光った。


【ダメだにゃ! ボクは"押し相撲をしろ"って言ったはずだにゃ!! 何回言えばわかるのにゃ! これだから人間はバカで嫌いにゃ!】


「ちっ……。相手を殺すわけじゃねーんだから良いだろうがよ!」


【良くないにゃ! 武術を持ち込むにゃ! この卑怯者! ビッチ! スケベおんにゃ!】


「このっ……」


 ――ドンッ!!


 桑原が完全にステージのミケに気を取られた瞬間、高橋は彼女を押した。


「あっ……」


 何も身構えていなかった彼女の体は、いとも簡単に倒れこんだ。


「残念、おれのこと仕留められなかったね」


 冷たい目で見下ろしながら、高橋が言った。


【押し相撲は、高橋にゃんの勝利だにゃ! 桑原にゃんのマスは、高橋にゃんのものだにゃ!】


「くそ猫っ!!アンタのせいで――っ」


【負けた桑原にゃんは、移動可能範囲のランダムなマスに飛ばされるにゃん。桑原にゃんが飛ばされるマスは――】


 その時、2匹の猫又が現れて、桑原のスーツの肩を噛んだ。そのまま、彼女の身体は空中へと浮く。


「ちょっと、何よこれ!? 離しなさいよっ!!」


 ジタバタと暴れるが、猫又たちはびくともしない。


【ここだにゃっ!】


「ぎゃあ!?」


 ドスン、と右隣の床に落とされる。

 だが、そこは――。


「もう1回だね」


 高橋の、唯一の移動可能範囲だ。


【おーっと! またまた2人のマスが被ったにゃ! 押し相撲対決、ラウンド2の始まりだにゃ~!】


 シンバルの音。

 またもや、桑原vs高橋の押し相撲が幕を開けた。


(小細工は通じなかった――。使おうとしても、今度こそあのクソ猫に殺されかねないわね)


 思考しながら、ミケを一瞥する。


(高橋は、あと2回私に勝たなければ脱落する。状況的には、圧倒的に私が有利。なら……)


 桑原は、す、とジャケットを脱いだ。

 そして、身体をくねらせながら、ブラウスのボタンをぷち……、ぷち……と開けた。

 服の隙間から、くっきりとした谷間が覗く。

 高橋の口角が、ぴくりと動いた。



「うわあああああああああああ!!」

「えっろ……」


 顔を真っ赤にしながら目を塞ぐ――かと思いきや、隙間からチラ見するショウタ。

 そして、頬を赤くしながらガン見するシュウヘイ。


「男子のスケベーー!!」


 2人の頭に、ミナミの鉄拳が下された。


「何やってんだ、あいつ! 子どもたちもいるのに! あとで説教してやる!」


 一方、Aチーム。憤る柴田。


(なんて大胆な格好なんですの……。そんなはしたない恰好……)


 エリカは顔を真っ赤にしながら、あわあわとしていた。


(そういえば、カイトはどんな反応を――)


 ちら、と横目で見たカイトは、一見無反応に見えた。

 ――が、その口元は気持ち悪くニヤニヤしていた。


「こんっのドスケベがああああああああああああっ!!」

「あべしっ!!」


 エリカの右ストレートが炸裂した。



「どういうつもりなのかな?」


 死んだ魚のような目で、高橋が問う。


「……別に。暑かっただけよ」


 色仕掛けが全く効果を為さなかったことに内心で驚きながら、桑原は答えた。


「ふぅん、そう。でも、子どもたちに悪影響だから、服を整えてくれるかい? ――――見てて不愉快なんだよ、その贅肉の塊」

「なんですって!?」


 桑原が前のめりになった瞬間、高橋は力強く彼女を押した。


【押し相撲対決、ラウンド2も高橋にゃんの勝ちだにゃ~! 桑原にゃんは、別のマスに押しのけられるにゃ~】


 アナウンスとともに、再び猫又が現れた。


「ちょっと! また私落とされるの!? お尻痛いんだけど!」

「貴女がこれまでにやってきた所業に比べれば、可愛いものでしょう」

「え――――」


 問い詰めようとした時、ドスン、と床に落とされる。

 高橋が、空いたマスへと1つ進む。


「にゃお~ん」


 猫の鳴き声。

 可愛らしい鳴き声と、桑原を見下ろす高橋の表情は、あまりにもミスマッチだった。


「さあ、第3ラウンドいきますか?」


 ――結果は言うまでもなく、高橋の勝利で終わった。



あつめたにくきゅう(7ターンめ途中経過)

 Aチーム……3→4コ

 Bチーム……5コ

 Cチーム……7→8コ

 Dチーム……8コ

 Eチーム……4コ







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